奴隷制度廃止に動かなかったのはサウスカロライナとジョージア
アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)の頃、植民地の多くでは自由や平等という理念が掲げられる一方で、サウスカロライナ(South Carolina)とジョージア(Georgia)の2つの州は、奴隷制度を廃止しようとする動きを見せませんでした。
なぜこの2つの州は奴隷制度を維持し続けたのか
サウスカロライナとジョージアは、南部におけるプランテーション経済の中心地でした。特に米(コメ)や藍(インディゴ)などの換金作物の生産が盛んであり、その労働力として多数のアフリカ人奴隷に依存していました。奴隷労働は両州の経済基盤そのものであったため、独立戦争期においても奴隷制度を見直す機運が高まることはありませんでした。
北部諸州との対比
これに対して、ペンシルベニアやマサチューセッツなど北部の州では、独立戦争を契機として「すべての人は平等に創られている」という理念が見直され、段階的に奴隷制度を廃止する法律が制定されていきました。北部と南部のこのような温度差は、後の南北戦争につながる対立の萌芽とも言われています。
まとめ
独立戦争の時代に奴隷制度の廃止に踏み切らなかった州は、サウスカロライナとジョージアです。プランテーション農業への深い依存が背景にあり、この選択がその後のアメリカ史における地域間対立の要因となりました。