アメリカ合衆国から最初に脱退した州は、サウスカロライナ州です。1860年12月20日のことでした。同州が連邦からの離脱に踏み切った最大の要因は、奴隷制と州の権利(州権)をめぐる対立でした。
ここでは、サウスカロライナ州が脱退に至った主な背景を詳しく見ていきましょう。
1. 奴隷制をめぐる経済的・社会的危機感
サウスカロライナ州は、黒人奴隷の労働力に大きく依存した大規模なプランテーション経済を基盤としていました。北部では奴隷制廃止への世論が高まり続け、新たな領土への奴隷制拡大に反対する共和党の政治的影响力も増大していました。南部にとって、この流れは自らの経済利益と奴隷制に立脚した社会体制そのものへの深刻な脅威と映ったのです。
2. 州の権利(州権)に対する強い信念
サウスカロライナ州は「各州には自らの法律や制度を決定する権利があり、その中には奴隷制を維持する権利も含まれる」という州権の考え方を強く信奉していました。連邦政府が憲法の枠を超えて州の内政に干渉しようとしていると感じたことが、離脱の正当性を主張する根拠となりました。
3. エイブラハム・リンカーンの大統領当選
1860年の大統領選挙でエイブラハム・リンカーンが当選したことは、サウスカロライナ州にとって決定的な脅威となりました。共和党員であるリンカーンは奴隷制に批判的な見解を示しており、彼の勝利は南北間の緊張を一気に高め、同州の脱退を促す直接の引き金となったのです。
4. 保護関税政策への不満
さらに、連邦政府が課した保護関税も南部の不満の種となっていました。これらの関税は北部の工業を優遇する一方で、農業中心の南部経済には打撃を与えるものであり、南北間の経済格差を巡る対立を深めていました。
脱退がもたらした歴史的転換点
サウスカロライナ州の脱退を受けて、ミシシッピ州やフロリダ州など他の南部諸州も相次いで連邦を離脱し、アメリカ連合国(南軍)が形成されました。そして1861年、ついにアメリカ南北戦争(1861年〜1865年)が勃発することとなります。
サウスカロライナ州の脱退とそれに続く一連の出来事は、アメリカ史における重大な転換点であり、国家の将来に計り知れない影響を及ぼしました。奴隷制という問題を抱えたままの建国から約80年、合衆国は「分かち難い一つの国家」として生まれ変わることになるのです。