北米の歴史

大陸横断鉄道法(太平洋鉄道法)とは?リンカーンが制定した歴史的法令の全貌

太平洋鉄道法(1862年)の概要

1862年7月1日、エイブラハム・リンカーン大統領は「太平洋鉄道法(Pacific Railway Act)」に署名し、正式な法律として成立させました。この法律は、アメリカ合衆国の東部と西部を結ぶ大陸横断鉄道の建設を認可するものであり、アメリカ史における重要な転換点となりました。

鉄道の建設は、ユニオン・パシフィック鉄道会社とセントラル・パシフィック鉄道会社という2つの民間企業に委ねられました。

2つの鉄道会社の役割分担

ユニオン・パシフィック鉄道はネブラスカ州オマハから建設を開始し、西へ向かって線路を敷設していきました。一方、セントラル・パシフィック鉄道はカリフォルニア州サクラメントから東へ向かって建設を進めました。両社は途中のどこかで合流する予定であり、その接続地点は後日決定されることになっていました。

政府による融資と土地の供与

太平洋鉄道法では、2つの鉄道会社に対して政府補助金が支給されました。ユニオン・パシフィック鉄道は、線路1マイル(約1.6キロメートル)の敷設につき16,000ドルの融資を受ける権利を得ました。一方、険しい山岳地帯の建設が予想されたセントラル・パシフィック鉄道には、1マイルにつき48,000ドルという倍額以上の融資が提供されました。

さらに政府は、両社へ広大な土地を無償で譲渡する「土地授与(ランド・グラント)」も実施しました。ユニオン・パシフィック鉄道は線路1マイルごとに10平方マイル、セントラル・パシフィック鉄道は同じく20平方マイルの土地を受けることができました。

太平洋鉄道法の歴史的意義

太平洋鉄道法は、アメリカ合衆国の発展における大きな節目となりました。それまで辺境だった西部への入植の道を開き、より統一された国家の形成に大きく貢献したのです。

太平洋鉄道法に関する豆知識

  • 最初の大陸横断鉄道は1869年5月10日、ユタ州プロモントリー・サミットにおいて、ユニオン・パシフィック鉄道とセントラル・パシフィック鉄道の線路が接続されたことで完成しました。
  • 大陸横断鉄道は、当時最大級の土木工学の偉業でした。ユニオン・パシフィック鉄道はロッキー山脈を越えて線路を敷設する必要があり、セントラル・パシフィック鉄道はシエラネバダ山脈の難所を切り開かなければなりませんでした。
  • 大陸横断鉄道はアメリカの発展に絶大な影響を及ぼしました。西部への入植を促進し、国家の統一を強化するとともに、経済成長を刺激し、新たな雇用を数多く生み出しました。