アメリカの歴史において、1865年から1877年まで続いた「再建時代(レコンストラクション)」は、アフリカ系アメリカ人の公民権をめぐって、歴史的な進歩と深刻な後退が同時に起こった激動の時代でした。本記事では、この時期の主な出来事を「進歩」と「後退」に分けて詳しく解説します。
進歩:公民権拡大への道
奴隷制の廃止(第13修正条項)
1865年に批准された合衆国憲法修正第13条により、奴隷制がアメリカ全土で正式に廃止されました。これはアメリカ史上最も重要な転換点の一つです。
解放奴隷局(Freedmen's Bureau)の設立
1865年に設立された解放奴隷局は、解放された元奴隷たちに対し、食料、住居、医療、教育、職業訓練などの支援を提供しました。
第14修正条項と第15修正条項
1868年に批准された第14修正条項は、元奴隷を含む、アメリカ合衆国で出生または帰化したすべての人に市民権を付与しました。さらに、1870年に批准された第15修正条項は、人種を理由とした投票権の剥奪を州に禁止しました。
再建法(Reconstruction Acts)
連邦議会が可決したこれらの法律は、南部諸州が連邦に復帰するための手順を定めたものです。その条件には、第14・第15修正条項の批准、公民権の保護、アフリカ系アメリカ人男性への参政権付与などが含まれていました。
アフリカ系アメリカ人参政権の行使
再建時代には、多くのアフリカ系アメリカ人男性が初めて有権者登録を行い、投票を通じて新たに得た政治的権利を行使しました。
アフリカ系アメリカ人公職者の誕生
この時代には、連邦議会議員、州議会議員、地方自治体の役職者など、多数のアフリカ系アメリカ人が公職に選出されました。
後退:平等への逆風
反発と抵抗
アフリカ系アメリカ人への公民権付与を含む連邦の再建政策に対する南部の反感は、クー・クラックス・クラン(KKK)のような準軍事組織の誕生など、激しい反発と抵抗を引き起こしました。
黒人法典(Black Codes)
南部諸州は「黒人法典」を制定し、公民権、財産所有、経済的機会などに厳しい制限を課すことで、アフリカ系アメリカ人を抑圧しました。
暴力とテロ
公民権を行使し政治参加しようとしたアフリカ系アメリカ人は、白人至上主義集団による広範な暴力、差別、脅迫に直面しました。
最高裁判所の判決
屠殺場事件(Slaughterhouse Cases、1873年)や合衆国対クルークシャンク事件(United States v. Cruikshank、1876年)などの最高裁判決は、連邦の再建政策の一部を弱め、アフリカ系アメリカ人の公民権保護を制限する結果となりました。
1877年の妥協(Compromise of 1877)
北部と南部の政治指導者間で交わされたこの非公式な合意により、連邦軍が南部から撤退しました。これにより再建時代は終わりを迎え、公民権の執行に対する連邦政府の支援が縮小されることとなりました。
まとめ
再建時代は、奴隷制の廃止やアフリカ系アメリカ人参政権の確立といった公民権面での大きな前進をもたらしました。しかし同時に、人種的暴力、平等への抵抗、そしてこの時代に獲得された成果の浸食など、数多くの後退にも見舞われました。この時代の教訓と遺産は、その後の公民権運動にも深い影響を与え続けています。