北米の歴史

17世紀のチェサピーク湾へ渡ったイギリス人移民の大多数は誰だったのか?

17世紀の北米チェサピーク湾地域(現在のバージニア州およびメリーランド州周辺)へ移住してきたイギリス人の大多数を占めていたのは、若くて独身の男性たちでした。

移民たちを駆り立てたもの

当時の移民たちは、仲介業者(エージェント)によって盛んに勧誘されました。彼らに提示されたのは、以下のような魅力的な条件でした。

  • 自分の土地を所有できる可能性
  • 宗教的迫害からの自由
  • 一攫千金の富を築けるチャンス

イングランド国内で経済的に困窮していた若者たちにとって、新天地での成功は大きな希望でした。

出身地と持ち込んだ文化

移民の多くは、イングランド南西部のデヴォン(デボンシャー)やコーンウォールといった諸県の出身でした。彼らは故郷の伝統や文化を植民地に持ち込み、さらに農業や漁業に関する実践的な知識と技術も伝えました。

こうした労働力と技能こそが、チェサピーク地域が後に繁栄する植民地へと発展する重要な基盤となったのです。

補足:年季奉公人という制度

興味深い点として、この時代の移民の多くは「年季奉公人(indentured servants)」として渡航していました。これは、高額な渡航費を支払う代わりに、4年から7年間の無償労働を誓約する契約制度です。契約期間を満了すれば自由民として新たな生活を始められる場合もあり、貧しい若者にとっては数少ない海外移住の手段でした。

また、チェサピーク地域ではタバコ栽培が主要産業として急成長し、労働力への需要が高まったことも、若い男性移民が大量に流入する一因となりました。