アメリカの「自由州」とは?
南北戦争(1861年〜1865年)以前のアメリカ合衆国では、奴隷制度を禁止していた州が「自由州(Free States)」と呼ばれ、奴隷制度を認めていた州は「奴隷州(Slave States)」と呼ばれていました。この対立構造は、19世紀のアメリカ政治における最大の争点であり、やがて南北戦争へとつながっていきました。
南北戦争前の主な自由州一覧
南北戦争開始時点で、以下の15州が自由州として知られていました。
- メイン州(Maine)
- ニューハンプシャー州(New Hampshire)
- バーモント州(Vermont)
- ロードアイランド州(Rhode Island)
- コネチカット州(Connecticut)
- ニューヨーク州(New York)
- ペンシルベニア州(Pennsylvania)
- オハイオ州(Ohio)
- イリノイ州(Illinois)
- アイオワ州(Iowa)
- ウィスコンシン州(Wisconsin)
- ミシガン州(Michigan)
- カリフォルニア州(California)
- ミネソタ州(Minnesota)
- オレゴン州(Oregon)
自由州と奴隷州の対立の歴史
北部に位置するこれらの自由州は、工業化が進み、移民労働者を中心とした経済が発展していました。一方、南部の奴隷州は綿花などのプランテーション農業に依存しており、奴隷労働が経済の基盤となっていました。
1820年のミズーリ協定では、新たに連邦に加わる州の自由州・奴隷州の数の均衡が図られました。しかし、1854年のカンザス・ネブラスカ法によって住民自らが奴隷制度の可否を決める方式が導入されると、対立はさらに激化しました。
南北戦争と自由州の役割
1861年に南部諸州が連邦から脱退し、アメリカ連合国を結成すると、残った自由州を中心とする北部(北軍)との間で南北戦争が勃発しました。1863年にエイブラハム・リンカーン大統領が発した「奴隷解放宣言」は、奴隷制度廃止という戦争の目的を明確にするものでした。
1865年の戦争終結とともに奴隷制度は廃止され、かつての奴隷州も含めて全土が自由な労働体制へと移行していきました。こうして「自由州」という区分は歴史上の概念となり、現在のアメリカ合衆国の基礎が築かれたのです。