北米の歴史

1850年妥協で北部は何を獲得したのか?重要なポイントを解説

1850年妥協の背景

1850年妥協(Compromise of 1850)は、メキシコ割譲地に新しい州を加える際の奴隷制問題をめぐり、南北の対立が激化したことを受けて成立した一連の法案です。ヘンリー・クレイらが妥協案を提唱し、ミラード・フィルモア政権下で可決されました。この妥協により、北部と南部はそれぞれ一定の利益を得ることになりました。

北部が獲得した主なもの

1. カリフォルニアの自由州としての加盟

ゴールドラッシュで人口が急増していたカリフォルニアが、奴隷制を禁じた「自由州」として連邦に加盟しました。これにより自由州の数は奴隷州を上回り、上院における勢力バランスは北部側に傾くことになりました。これは北部にとって最大の成果といえます。

2. コロンビア特別区における奴隷貿易の廃止

首都ワシントンD.C.では、奴隷の売買(奴隷貿易)が廃止されました。ただしこれはあくまで「貿易」の廃止であり、奴隷制そのものは維持された点に注意が必要です。

南部への譲歩:逃亡奴隷法

一方で、南部に対する譲歩として制定されたのが、より厳格な「逃亡奴隷法(Fugitive Slave Act)」です。この法律により、北部の人々や官憲は逃亡奴隷の捜索・捕縛に協力する義務を負うことになりました。厳密にいえば、逃亡奴隷法は北部が「獲得」したものではなく、南部に与えられた譲歩である点を押さえておきましょう。

まとめ

1850年妥協で北部が獲得したのは、「カリフォルニアの自由州加盟」と「首都における奴隷貿易の廃止」の2点です。しかし、その見返りとして厳しい逃亡奴隷法を受け入れた結果、北部世論の強い反発を招き、この妥協は南北戦争前夜の対立をかえって深める要因ともなりました。