メリウェザー・ルイスとウィリアム・クラークによる探検遠征(ルイス・クラーク遠征)は、1804年から1806年にかけて行われました。この遠征は、ルイジアナ買収によってアメリカ合衆国が手に入れたばかりの西部地域を調査し、太平洋への陸路を探索するという歴史的な使命を担っていました。
遠征当時、「現代の町」はまだ存在しなかった
結論から言えば、ルイスとクラークが遠征中に通過した「現代の町」はありません。彼らが旅をした時期は、今日グレートプレーンズやロッキー山脈以西に広がる多くの町や都市が建設されるよりも、数十年も前のことだからです。
当時、ミズーリ川沿いにはヨーロッパ系入植者の定住地はほとんどなく、遠征隊が道中で出会ったのは主に先住民族の村々でした。特に有名なのが、現在のノースダコタ州にあたる場所にあったマンダン族の集落で、遠征隊は1804年から1805年にかけての冬をここで過ごしています。
遠征ルート上に現在ある主な都市
とはいえ、遠征隊がたどったルートは、後に大きく発展した多くの都市の近くを通っています。代表的なものを挙げると次の通りです。
セントルイス(ミズーリ州)
遠征の出発点となったキャンプ・ウッド(キャンプ・デュボワ)は、セントルイスの対岸に位置していました。セントルイス自体は1764年創設と、当時としては珍しい古い町でした。
カンザスシティ(ミズーリ州)とオマハ(ネブラスカ州)
ミズーリ川沿いの遠征ルート上にあり、19世紀後半以降、鉄道と交易の拠点として大都市へと発展しました。
ビスマーク(ノースダコタ州)
遠征隊が越冬したマンダン族の集落の近くに建設された都市です。
グレートフォールズ(モンタナ州)
遠征隊がミズーリ川の壮大な連なる滝を発見し、船を陸揚げして迂回した場所の近くにあります。
ポートランド(オレゴン州)
コロンビア川を下り、遠征の目標であった太平洋に到達した地点の近くに発展しました。
まとめ
ルイス・クラーク遠征は、まだほとんど白地図だった西部を旅したため、現代のような町を通過することはありませんでした。しかし、彼らが切り開いたルートは後の開拓時代における重要な街道となり、現在では数多くの都市がその沿線に栄えています。「遠征が通った現代の町」という問いへの答えは、「当時は存在しなかったものの、現在は多くの都市がそのルート上に位置している」ということになるのです。