アメリカ大陸の先住民族が「文明人」とみなされていたかどうかについては、歴史的にも現代においても明確な合意は存在しません。彼らを高度な文明の担い手と捉える見方もあれば、そうではないとする見方もあり、それぞれに一定の根拠が提示されてきました。本記事では、両者の主張を整理し、この問いの本質に迫ります。
先住民族が文明を持っていたとされる根拠
先住民族を文明的だと評価する立場の主な論拠は、以下の通りです。
- 複雑な社会構造: 階層的な統治組織、法制度、社会的規範が確立されていた。
- 高度な技術: 灌漑システム、金属加工(冶金)、建築技術などを実用化していた。
- 豊かな文化: 芸術、音楽、口承文学など、独自の文化的伝統が発達していた。
実際、マヤ、アステカ、インカといった文明は、天文学や数学における優れた知識を持ち、アステカの首都テノチティトランは当時の世界でも最大級の都市の一つでした。インカ帝国はアンデス山脈に広大な道路網を築き、マヤは独自の文字体系を発展させていました。
「文明ではなかった」とする主張とその背景
一方で、次のような理由から先住民族を文明化されていないとみなす見方も存在しました。
- 文字による記録を持たない(とされた)。
- ヨーロッパ式の都市を建設していない。
- 宗教観や道徳観がヨーロッパ人のそれと大きく異なる。
ただし、こうした主張の多くは、ヨーロッパ中心の価値観に基づく評価である点に注意が必要です。例えば、マヤは完全な文字体系を持ち、インカは「キープ」と呼ばれる結縄(けっじょう)による記録管理を行っていました。また、テノチティトランのような大都市は、ヨーロッパの都市に匹敵する規模と機能を備えていたことが考古学的研究で明らかになっています。
「文明」の定義こそが問われる
結局のところ、この問いに対する答えは、「文明」をどのように定義するかに大きく左右されます。文字や都市の有無といった特定の要素を基準とするのか、それとも社会の複雑さ、技術力、文化的達成といったより幅広い観点で判断するのか——その視点によって結論は変わります。
まとめ
アメリカ大陸の先住民族が文明人だったかどうかは、正解・不正解のある問題ではなく、評価の視点と定義の問題です。現代の歴史学や考古学では、先住民族の社会が持つ高度な組織性と文化的達成が広く認められており、従来の偏った見方は見直されつつあります。