第一次世界大戦(1914年〜1918年)は、史上初の本格的な「総力戦」と呼ばれる大規模な紛争であり、その経済的コストは桁外れなものでした。当時の通貨価値で推定3380億ドル以上、2020年の米ドルに換算すると約4.3兆ドルに相当するといわれています。この莫大な戦費を、一体誰がどのように負担したのでしょうか。
戦費の大部分は主要5カ国が負担
第一次世界大戦の費用の大半は、主要な交戦国によって肩代わりされました。具体的には、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリス、イタリアの5カ国だけで、全世界の戦費支出総額の80%以上を占めています。
これらの国々は、動員した兵士の数や兵器・弾薬の生産量、物資の補給規模が他国より圧倒的に大きく、戦争が膠着して長期化するほど、支出は雪だるま式に膨らんでいきました。
各国はどうやって戦費を調達したのか
巨額の戦費を賄うため、各国は主に次のような手段を組み合わせました。
1. 増税と戦時国債の発行
政府は所得税や間接税の引き上げを実施するとともに、「戦時国債」やアメリカの「自由公債(リバティローン)」といった戦争債券を国民に広く販売し、国内から資金を吸い上げました。「戦争に協力する愛国的な投資」として訴求することで、一般市民からも多額の資金を集めることに成功しています。
2. 海外からの借款
特にイギリスとフランスは、戦争が長引くにつれて自国の財政だけでは資金を賄えなくなり、当初は中立国だったアメリカからの借款に大きく依存するようになりました。このことが、戦後の国際債務構造を大きく変える要因となります。
3. 通貨の増発によるインフレーション
中央銀行による通貨発行も重要な財源の一つでしたが、この手法は戦後の深刻なインフレーションを招きました。特に敗戦国のドイツでは、賠償負担も重なり、1920年代初頭にハイパーインフレという経済的悲劇が起こることになります。
戦後に残った債務と賠償問題
戦争が終わっても、お金の問題は終わりませんでした。連合国の間では「誰が誰にいくら貸したのか」という債務問題が複雑に絡み合いました。さらに、ヴェルサイユ条約ではドイツに対して1320億金マルクという莫大な賠償額が課され、ドイツ経済は極度の圧迫を受けることになります。
一方、アメリカはヨーロッパ諸国への貸し手として急速に力をつけ、世界最大の債権国へと変貌しました。世界経済の金融の中心地はロンドンからニューヨークへと移り、この戦後の不安定な資金フローは、やがて1929年の世界恐慌へとつながっていくのです。
このように、第一次世界大戦の費用は主要参戦国であるアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの5カ国が中心となって負担しましたが、その「ツケ」は増税・国債・インフレ・賠償という形で、市民の暮らしと戦後の世界経済全体にまで広く及ぶことになったのです。