アレクサンダー大王(アレクサンドロス3世)が率いた軍隊の規模や編成は、東方遠征の時期によって大きく変化しました。古代の歴史家たちが残した記録から、その兵力についてある程度推測することができます。アレクサンダーの軍隊に関する主要な情報源は、アッリアノス、ディオドロス、プルタルコス、クインティウス・クルティウス・ルフスといったギリシャ系歴史家たちの著作です。
遠征開始時の兵力:約35,000人
これらの歴史家たちの記録によれば、アレクサンダーが遠征に出発した当初の軍隊は、約35,000人の兵士で構成されていました。その中心はマケドニア、ギリシャ、および王国の他の地域から集められた歩兵と騎兵部隊です。内訳はおおよそ以下の通りです。
- ファランクス(長槍歩兵):約12,000人
- 軽装歩兵:約5,000人
- 騎兵:約6,000人
特にマケドニア式ファランクスは、サリッサと呼ばれる長槍を装備した密集歩兵陣形であり、当時の戦場において圧倒的な強さを発揮しました。
征服とともに拡大する軍隊
アレクサンダーが小アジアからエジプト、ペルシャへと征服の範囲を広げていくにつれ、彼は占領地の住民を軍に組み込み始めました。さらに各地域の勢力と同盟を結び、現地の人々から部隊を募集することもありました。こうした増強策によって、遠征後半には軍の規模は大幅に膨らんでいったのです。
最盛期の兵力:45,000〜50,000人規模
古代の歴史家たちのさまざまな推計によると、征服活動の最盛期には、アレクサンダーの軍隊は合計で約45,000人から50,000人に達していた可能性があります。内訳は次のように推定されています。
- 歩兵:約30,000〜35,000人 — ギリシャ重装歩兵(ホプリテ)、ファランクス、小アジア・エジプト・ペルシャなど占領地域出身の同盟軍を含む
- 騎兵:約10,000人 — マケドニア重装騎兵(ヘタイロイ)、テッサリア騎兵、各地域からの同盟騎兵部隊の混合
史料による数字の違いに注意
なお、歴史家によって兵員数の推計には多少の差があり、遠征の各段階で実際の兵力は変動していました。また、補給線の維持や守備隊の残留などにより、一つの会戦に投入された兵力は総兵力よりも少ない場合もありました。
それでも数字に多少の幅があるとはいえ、アレクサンダーの軍隊が優れた組織と統率を備えた強力な軍事力であり、アジアの広大な領土を征服するうえで決定的な役割を果たしたことは明らかです。少数精鋭の出発時の兵力から、多民族を包含した大規模な遠征軍へと発展させた点こそ、アレクサンダーの卓越した軍事的・政治的才能を物語っています。