1933年から1939年にかけて、フランクリン・ルーズベルト政権は世界恐慌(大恐慌)への対応として、一連の経済・社会政策「ニューディール政策」を実施しました。この政策群は、雇用創出を目的とした大規模な公共事業を通じて、アメリカの国有林や公有地に計り知れない影響を与えました。本記事では、ニューディール政策が国有林にもたらした主な変化を解説します。
民間自然保護隊(CCC)の創設
ニューディール政策の中核をなすのが、民間自然保護隊(Civilian Conservation Corps、CCC)です。これは18歳から25歳までの若者を雇用し、植林、遊歩道の整備、山火事の消火といった自然保全事業に従事させる公共事業プログラムでした。CCCが植えた木は30億本以上にのぼり、整備された道は80万マイル(約130万キロメートル)を超えると言われています。国有林の荒廃防止に大きく貢献すると同時に、若者の雇用対策としても重要な役割を果たしました。
公共事業振興局(WPA)によるインフラ整備
1935年に設立された公共事業振興局(Works Progress Administration、WPA)は、失業したアメリカ人に仕事を提供するもう一つの大型公共事業プログラムでした。道路、橋梁、学校などの公共インフラを数多く建設し、その多くが国有林内またはその周辺に位置していました。さらに、キャンプ場、ピクニックエリア、ビジターセンターといったレクリエーション施設の建設にも資金を提供し、一般の人々が国有林を身近に楽しめる環境づくりを進めました。
テイラー放牧法の成立
1934年に成立したテイラー放牧法(Taylor Grazing Act)は、国有林を含む公有地における家畜の放牧を規制する法律です。この法律により放牧地区が設定され、各地区ごとに放牧できる家畜の頭数に上限が設けられました。過放牧による草地の劣化や国有林への被害を防ぐ効果があり、公有地を持続可能に利用する仕組みへの転換点となりました。
国家公園局(NPS)との連携強化
国家公園局(National Park Service)自体は1916年に設立されていますが、1933年の行政機構再編によって多くの国定公園や記念物が同局の管轄下に移り、その役割が大きく拡大しました。以降、国家公園局は林野庁(Forest Service)と緊密に連携し、レクリエーションと自然保護の両面から国有林の管理に関わるようになりました。
ニューディール政策が残した遺産
ニューディール政策は国有林に永続的な影響を残しました。CCCやWPAなどの各種プログラムは、国有林の状態改善と一般市民へのアクセス向上に大きく貢献しました。今日私たちが利用しているキャンプ場やハイキングコースの多くは、この時代に整備されたものです。大恐慌という深刻な危機の中で生まれたこれらの取り組みは、雇用対策と自然保護を両立させる政策の好例として、現代の環境政策にも多くの示唆を与え続けています。