北米の中部植民地(現在のニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、デラウェア各州にあたる地域)には、多様な言語と文化を持つアメリカ先住民のグループが暮らしていました。ここでは、特に歴史的に重要な三つの集団——ポウハタン連合(レナペ)、モホーク族、そしてデラウェア族について詳しく見ていきます。
ポウハタン連合(レナペ)
ポウハタン連合は「ツェナコマカ(Tsenacommacah)」とも呼ばれ、アルゴンキン語を話す諸民族からなる大首長制連合体でした。その領域は、現在のバージニア州の海岸平野およびメリーランド州のタイドウォーター地方に広がっていました。
連合は複数の首長国(チーフダム)で構成され、それぞれが独自の「ウェロワンス(werowance)」と呼ばれる首長を持ち、最高首長に従属する形で組織されていました。初代の最高首長であるポウハタンは優れたカリスマ性を持つ指導者であり、各地域の首長国を統一することに成功しました。ポウハタン連合は、17世紀にイギリス人入植者との抗争で敗れるまで、この地域における強大な勢力であり続けました。
モホーク族
モホーク族は、自らの言語で「カニエンケハカ(Kanien'kehá:ka)」と称し、イロコイ連邦(ホーデノショーニー)の中で最も東に位置する部族でした。伝統的な領域は現在のニューヨーク州を中心とし、バーモント州、ペンシルベニア州、さらにはカナダのケベック州方面まで及んでいました。
モホーク族は勇敢な戦士として名を馳せると同時に、連邦内部においても大きな政治的影響力を誇りました。毛皮交易において重要な役割を果たし、フランス勢力やアルゴンキン系の対立部族に対しては、しばしばイギリス側に与えて同盟を結びました。植民地時代からアメリカ建国初期にかけて先住民関連の政局で存在感を保ち続けましたが、19世紀までにその人口と影響力は大きく縮小していきました。
デラウェア族(レナペ)
デラウェア族は「レナペ(Lenape)」という名称でも知られるアルゴンキン語を話す民族で、本来は北米中大西洋地域の広大な範囲に居住していました。その領域には、現在のペンシルベニア州、ニュージャージー州、デラウェア州の全域と、ニューヨーク州およびメリーランド州の一部が含まれていました。
デラウェア族は母系制の社会を営み、氏族(クラン)と胞族(フラトリー)によって組織されていました。農耕と狩猟に熟練していたことに加え、卓越した外交手腕と平和の仲介者としての評判でも知られていました。
しかし、ヨーロッパ人による植民地化と度重なる戦争は彼らに深刻な打撃を与え、最終的には伝統的な土地の大部分を譲渡せざるを得なくなりました。それでも今日、デラウェアの人々は複数の連邦政府公認部族に登録され、先祖から受け継いだ文化的伝統を現代にも受け継いでいます。
まとめ
中部植民地周辺の先住民族は、それぞれ独自の政治体制・社会構造を持ちながら、ヨーロッパ人入植者の到来という大きな変革の時代を生き抜きました。ポウハタン連合の統一された首長制、モホーク族の軍事的・政治的存在感、デラウェア族の外交力と適応力は、北米植民地史を理解するうえで欠かせない要素といえるでしょう。