2003年のイラク侵攻当時の指導者はサダム・フセイン
2003年にアメリカがイラクへ侵攻した際、イラクの指導者だったのはサダム・フセイン(Saddam Hussein)大統領です。彼は1979年に権力を握って以降、バアス党による独裁体制のもとで約24年間にわたりイラクを強権的に統治してきました。
イラク戦争の開戦と政権の崩壊
2003年3月、アメリカ主導の有志連合は、イラクが大量破壊兵器を保有しているとの懸念などを理由に、イラクへの軍事侵攻(イラク戦争)を開始しました。連合軍はわずか数週間で首都バグダッドを制圧し、同年4月にはフセイン政権は崩壊しました。
逃亡生活の末、米軍に拘束される
政権崩壊後、フセインは故郷であるティクリート周辺に潜伏し、逃亡生活を続けていました。しかし2003年12月13日、米軍は「レッド・ドーン作戦」を実施し、ティクリート近郊の農場に設けられた狭い地下の隠れ穴から彼を発見。抵抗なく拘束されたフセインの姿は、世界中に報道され大きな衝撃を与えました。
裁判と死刑執行
拘束後、フセインは新体制のもとで設立されたイラク特別法廷(Iraqi Special Tribunal)に引き渡され、人道に対する罪の容疑で裁かれることになりました。なかでも、1982年に起きたドゥジャイル村における住民虐殺事件をめぐる公判は国内外で大きな注目を集めました。
2006年11月、法廷はフセインに対し死刑判決を下します。そして同年12月30日、イスラム教の重要な祝祭日にあたるこの日、バグダッドにて絞首刑が執行されました。享年69歳。独裁者として君臨した男の波乱に満ちた人生は、こうして幕を閉じたのです。