オセアニアの歴史

ジェームズ・クックの探検船の乗組員は何人だった?3回の航海別に徹底解説

18世紀の偉大な探検家として知られるジェームズ・クック船長。彼が率いた3回の探検航海では、それぞれ異なる船と乗組員体制が取られていました。本記事では、各航海における船の規模と主要な乗組員を詳しくご紹介します。

第1次航海(1768年〜1771年):エンデバー号

クックの最初の航海で使用されたのは、商船を改造したHMSエンデバー号です。乗組員の数は航海中に変動しましたが、出航当初は約94名でした。

主な乗組員

  • ジェームズ・クック(船長)
  • ジョセフ・バンクス(博物学者)
  • ダニエル・ソランダー(博物学者)
  • シドニー・パーキンソン(画家)
  • チャールズ・グリーン(天文学者)
  • その他の科学調査要員
  • 水夫、海兵隊員、大工など一般乗組員

この航海では、科学者や芸術家を含む学術調査チームが大規模に編成された点が特徴的です。バンクスら博物学者たちによる南太平洋での植物採集や記録は、後の科学史に大きな影響を与えました。

第2次航海(1772年〜1775年):レゾリューション号

2度目の航海では、クックはHMSレゾリューション号の指揮を執りました。この航海の乗組員は約60名と、第1次航海よりも小規模でした。

主な乗組員

  • ジェームズ・クック(船長)
  • チャールズ・クラーク(副長)
  • ウィリアム・ウェールズ(天文学者)
  • ヨハン・ラインホルト・フォルスター(博物学者)
  • ゲオルク・フォルスター(博物学者)
  • ウィリアム・ホッジス(画家)
  • 水夫、海兵隊員など一般乗組員

この航海では、南極圏への到達という困難な任務が課されており、より実戦的な少人数体制が選ばれたと考えられます。

第3次航海(1776年〜1779年):レゾリューション号&ディスカバリー号

最後となった第3次航海では、クックはHMSレゾリューション号とHMSディスカバリー号の2隻を指揮しました。両船合わせて約150名の乗組員を擁し、第2次航海よりも大規模な艦隊編成となりました。

レゾリューション号の主な乗組員

  • ジェームズ・クック(船長)
  • チャールズ・クラーク(副長)
  • ウィリアム・ブライ(航海長。後に「バウンティ号の反乱」で有名に)
  • ヨハン・ラインホルト・フォルスター(博物学者)
  • ゲオルク・フォルスター(博物学者)
  • ウィリアム・ホッジス(画家)
  • 水夫、海兵隊員など一般乗組員

ディスカバリー号の主な乗組員

  • チャールズ・クラーク(船長)
  • ジェームズ・キング(副長)
  • ジョン・レディヤード(探検家・博物学者)
  • ウィリアム・ベイリー(天文学者)
  • 水夫、海兵隊員など一般乗組員

この航海の途中、クックはハワイで亡くなり、その後はクラークが指揮を引き継ぎました。さらにクラークも航海中に死去したため、最終的にはキングが艦隊を率いて帰還しています。

まとめ:航海ごとの乗組員数の比較

航海使用した船乗組員数(目安)
第1次(1768〜1771年)エンデバー号約94名
第2次(1772〜1775年)レゾリューション号約60名
第3次(1776〜1779年)レゾリューション号+ディスカバリー号約150名(合計)

なお、これらの人数はあくまで目安です。実際には、航海の途中で一部の乗組員が途中下船したり新たに加わったりすることもあり、正確な人数は時期によって多少変動していました。それでも、クックの探検航海が単なる航海ではなく、科学者や芸術家を含む総合的な調査遠征であったことが、この乗組員構成からもよく分かります。