オセアニアの歴史

マゼランはホーン岬を回ったのか?実際の航路と「マゼラン海峡」の真実

フェルディナンド・マゼランがホーン岬を回って海を出た——というのは、実はよくある誤解です。歴史的事実として、マゼラン自身がホーン岬を航行することは一度もありませんでした。

マゼランが通ったのは「マゼラン海峡」

マゼランが南アメリカ大陸の南端を迂回したのは、ホーン岬ではなく、彼の名前にちなんで名付けられたマゼラン海峡(Estrecho de Magallanes)です。この海峡は大陸とティエラ・デル・フエゴ島の間に位置する天然の水路で、大西洋と太平洋をつなぐ重要な航路となっています。

なぜホーン岬ではなかったのか

そもそもホーン岬(Cabo de Hornos)が発見されたのは1616年、オランダの探検家ヤコブ・ル・メールとウィレム・スハウテンによる航海でのこと。これはマゼランの死後およそ100年も後の出来事であり、マゼランの時代にはその存在自体が知られていなかったのです。

人類初の太平洋横断

1519年にスペインを出発したマゼラン艦隊は、1520年にマゼラン海峡を抜けて太平洋へ出ると、過酷な航海を経てヨーロッパ人として初めて太平洋の横断に成功しました。マゼラン本人はフィリピンのマクタン島での戦闘により1521年に命を落としましたが、生き残った乗員たちが航海を継続し、史上初の世界一周を成し遂げています。