米国史上初の学生ストライキの舞台
1853年、アメリカ合衆国コネチカット州ミドルタウンにキャンパスを構えるウェズリアン大学(Wesleyan University)で、同国史上初とされる「学生ストライキ」が発生しました。学生たちは授業をボイコットし、一つの司法判断に対して集団で抗議の意思を示したのです。
ストライキの発端となった冤罪事件
きっかけとなったのは、地元で売春婦が殺害された事件でした。この事件に関して、あるアフリカ系アメリカ人男性が犯人として有罪判決を受けます。しかし学生たちは、彼が真犯人ではなく、不当に罪を着せられた「冤罪」であると考えていました。
無実の人間が偏見によって裁かれることに抗議するため、学生たちは授業への出席を拒否するという、当時としては極めて異例の行動に踏み切ったのです。
当時のアメリカ社会との関連
1850年代のアメリカは、奴隷制をめぐる南北の対立が深刻化していた時代でした。1850年には逃亡奴隷法が成立し、自由州においてさえ黒人が追われる社会情勢にありました。こうした時代背景の中で、一人の黒人男性が有罪とされることは、決して珍しいことではなかったのです。
そのような状況下で、学生たちが黒人男性の冤罪を疑い、実際に行動を起こしたことは、当時の社会規範に真っ向から挑むものであり、今日から見ても特筆に値する出来事といえます。
後世の学生運動への影響
この1853年のストライキは、その後のアメリカにおける学生運動の先駆けとみなされています。1960年代の公民権運動やベトナム戦争反対運動など、学生たちが社会の不正に対して声を上げ、行動する伝統は、この小さな抗議行動から始まったとも言えるでしょう。
正義のために自らの学業を犠牲にすることを選んだ若者たちの姿は、170年以上が経過した今もなお、私たちに多くの示唆を与えてくれます。