南アメリカの歴史

南北戦争開戦時における南部連合の2つの主要な軍事戦略とは?

アメリカ南北戦争が勃発した当初、南部連合(アメリカ連合国)は、劣勢が予想される戦況を打破するために、大きく分けて2つの軍事戦略を採用していました。

1. 首都リッチモンドの防衛

バージニア州リッチモンドは、南部連合の政治および経済の中心地として機能しており、この都市が陥落すれば南部の戦争遂行能力に壊滅的な打撃を与えかねませんでした。

そのため、南部連合はリッチモンド周辺に一連の防御陣地や要塞を構築し、さらにロバート・E・リー将軍を北バージニア軍の司令官に任命して、首都防衛の重責を担わせました。リー将軍率いる北バージニア軍は、終戦までリッチモンドを守る中核戦力となりました。

2. 北部への侵攻と外国からの承認獲得

もう一つの戦略は、攻勢に出て北部領内へ侵攻することでした。南部連合は、積極的な軍事作戦によって合衆国政府に和平交渉を迫り、南部の独立を認める平和条約の締結を実現できると期待していました。

また、当時綿花を大量輸入していたイギリスやフランスなどの列強国から外交的承認を得ることができれば、財政支援や軍事援助を確保できると考えられていました。実際、南部は「キング・コットン」の経済力を背景に、ヨーロッパ諸国の介入に大きな望みを託していたのです。

まとめ

開戦時の南部連合の戦略は、「守り」と「攻め」の両面から構成されていました。すなわち、政治・経済の中枢であるリッチモンドを死守しつつ、北部への侵攻や外国の承認獲得によって戦争の早期終結と独立承認を目指したのです。