1860年のアメリカ南部における奴隷所有の実態は、一般的なイメージとは大きく異なるものでした。「南部の白人は皆、大規模な奴隷農園を経営していた」と思われがちですが、統計を見るとその実像はかなり違います。
奴隷所有者は白人の約3分の1
1860年当時、南部の白人の中で奴隷を所有していたのはおよそ3分の1にとどまりました。つまり、多数派である残りの白人は奴隷を持たない労働者や自作農だったのです。
大多数は1〜10人規模の小規模農家
さらに重要なのは、奴隷所有者の大多数が小規模な農民だったという点です。彼らが所有していた奴隷の数は1人から10人程度であり、数十人規模の奴隷を働かせるような大規模経営はごく一部に限られていました。
富裕な大地主はわずか2%
数十人もの奴隷を抱えるプランテーション(大農園)の所有者の中で、真に「富裕な大地主」と呼べる層はわずか2%程度しか存在しませんでした。これは、奴隷制による富の大部分が、南部社会のごく少数のエリート階級に集中していたことを意味します。
数字で見る1860年の南部
・奴隷所有者は南部白人の約3分の1
・そのほとんどは1〜10人の奴隷を所有する小規模農家
・富裕な大土地所有者はプランテーション所有者のわずか2%
歴史的な意義
これらの数字は、南北戦争前夜の南部社会の構造を理解する上で重要です。奴隷制の経済的利益は広く行き渡っていたわけではなく、極めて少数の大地主に偏っていました。一方、大多数の小規模農家は数人の奴隷による自給的・小規模な農業で生計を立てており、南部社会内部にも大きな経済格差が存在していたのです。