1860年、奴隷を所有していた南部の白人は少数派
1860年の南北戦争開戦直前の時点で、アメリカ南部の白人のうち奴隷を所有していたのは、決して多数派ではありませんでした。同年の国勢調査によれば、南部の白人家族全体のおよそ25%、つまり約4分の1が奴隷を所有していたとされています。
奴隷所有は富裕層に大きく偏っていた
ただし、この数字だけを見ると誤解を招きやすい点に注意が必要です。奴隷所有の実態は、富裕な個人や家系に著しく偏っていました。大規模なプランテーション(農園)の所有者は人口のごく一部にすぎなかったものの、奴隷とされた人々の大部分は彼らの手に握られていたのです。
数字から見える当時の実態
1860年の国勢調査には、約395万人の奴隷とされた人々が記録されていました。奴隷所有者の大多数は数人程度しか所有しておらず、50人以上を所有する「大プランター」は所有者全体のわずかな割合にとどまります。一方で、ミシシッピ州やサウスカロライナ州など綿花栽培が盛んな州では、白人家族の半数近くが奴隷を所有していた地域もあり、州による格差が大きいことも当時の特徴です。
こうした事実は、「南部社会全体が奴隷制に直接関与していたのか」という歴史的な議論において重要な論点となってきました。奴隷所有者は少数派だったものの、奴隷制そのものは南部経済と社会構造の中核を成しており、奴隷を所有しない層もまた、その経済的・社会的影響を広く受けていたと考えられています。