南アメリカの歴史

ジョン・ブラウンはアメリカのどこで奴隷反乱を起こそうとしたのか?ハーパーズ・フェリー襲撃の舞台

ジョン・ブラウン(John Brown)が奴隷反乱を起こそうとした場所は、現在のウェストバージニア州にあたるハーパーズ・フェリー(Harpers Ferry)です。

当時はバージニア州の一部だった

注目すべき点として、1859年にブラウンが襲撃を行った当時、この町はバージニア州の一部でした。ウェストバージニア州がバージニア州から分離して独立した州となったのは、その後の1863年のことです。つまり、「当時のバージニア州」「現在のウェストバージニア州」という二つの表現が、同じ場所を指していることになります。

ハーパーズ・フェリー襲撃とは

1859年10月、熱心な奴隷制廃止論者だったブラウンは、少数の仲間とともにハーパーズ・フェリーにあった連邦政府の武器庫を占拠しました。彼の狙いは、確保した武器を地元の奴隷たちに渡し、大規模な奴隷反乱を引き起こすことにありました。

しかし計画は失敗し、反乱は連邦軍によって鎮圧されました。ブラウンは逮捕され、裁判の末に絞首刑に処せられました。

歴史に残した影響

襲撃自体は失敗に終わったものの、この事件は奴隷制をめぐる南北の対立を一気に先鋭化させました。ブラウンの処刑は北部では殉教者として、南部では過激な脅威として受け止められ、わずか2年後に始まる南北戦争(1861年〜1865年)への重要な伏線となったとされています。