南北戦争後の南部再建期(1865年〜1877年)において、農園主(プランテーション経営者)の圧倒的多数は、この政策に断固として反対していました。
戦前の権力回復を目指した農園主たち
農園主たちは、戦前の社会的・政治的・経済的な支配力を何としても取り戻そうとしました。そのため、土地の再分配、アフリカ系アメリカ人への市民権の付与、そして南部経済の抜本的な変革といった再建政策のあらゆる試みに強く抵抗しました。
彼らの多くは、再建政策を「不公平で不正義なもの」と捉え、自分たちが「先祖の罪のために罰せられている」と感じていました。さらに、奴隷制を廃止した憲法修正第13条についてさえ、違憲であると主張する者も少なくありませんでした。
富と暴力による抵抗
農園主たちは自らの富と影響力を駆使して、地方政府を支配下に置き、アフリカ系アメリカ人有権者を脅迫し、再建政策に反対するプロパガンダを広く流しました。
また、クー・クラックス・クラン(KKK)に代表されるような準軍事組織を結成し、アフリカ系アメリカ人へのテロや暴力的な抑圧によって、彼らが投票などの権利を行使することを妨害しました。
再建の挫折とその代償
こうした抵抗の結果、農園主たちは最終的に再建政策を打ち破り、戦前の権力構造を復活させることに成功しました。1877年の「1877年妥協」により連邦軍が南部から撤退すると、再建は事実上終わりを迎えます。
しかし、この「勝利」は大きな犠牲の上に成り立っていました。その後数十年にわたり、アフリカ系アメリカ人は人種差別的な法律(ジム・クロウ法)のもとで権利と機会を奪われ、小作制度などを通じた経済的従属を強いられることになったのです。