賛美歌『アメイジング・グレイス』の作者として知られるジョン・ニュートンには、「奴隷制度を廃止した人物だ」という誤解がしばしば見られます。しかし、歴史的事実としては、ニュートン自身が奴隷制度を廃止したわけではありません。彼は元奴隷商人から廃止論者へと転じた人物ではありましたが、奴隷制度の終結に直接かつ決定的な役割を果たしたわけではないのです。奴隷制度の廃止は、多くの人々や運動が関わった、長く複雑なプロセスの結果でした。
ジョン・ニュートンとはどんな人物か
ジョン・ニュートン(1725年〜1807年)は、18世紀のイギリスで奴隷貿易船の船長として活動し、アフリカ人を大西洋を越えて強制的に輸送する「三角貿易」に深く携わっていました。
ところが1748年、航海中に激烈な嵐に遭遇したことがきっかけで信仰に目覚め、やがて奴隷貿易の世界から身を引き、イングランド国教会の牧師となりました。代表作の賛美歌『アメイジング・グレイス』は、自らの罪深い過去と回心の体験を歌ったものであり、今日でも世界中で愛され続けています。
ニュートンの廃止運動への貢献
晩年のニュートンは、奴隷貿易の残酷な実態を内部から証言できる数少ない人物として、廃止運動において重要な存在となりました。
1788年には英国議会で奴隷貿易の実態について証言を行い、同年には『アフリカ人奴隷貿易に関する考察』と題する小冊子を出版して世論に大きな衝撃を与えました。さらに、若き政治家ウィリアム・ウィルバーフォースに精神的な支えを与え、議会における廃止運動を後押ししたことでも知られています。
奴隷制度の廃止は「多くの人々」による長い道のりだった
とはいえ、奴隷制度の廃止そのものは、一人の人物の功績ではありません。1807年の奴隷貿易法により、イギリス帝国における奴隷貿易は禁止されましたが、奴隷制度そのものの完全な廃止は、1833年の奴隷制度廃止法まで待たなければなりませんでした。
この長い闘いには、ウィルバーフォースをはじめとする議員たち、グラナビー・シャープやトマス・クラークソンといった活動家たち、そして何よりも奴隷たち自身の抵抗と声が関わっていました。加えて、経済構造の変化、宗教的良心の覚醒、啓蒙思想の広まりなど、複数の要因が絡み合った結果として廃止は実現したのです。
まとめ
ジョン・ニュートンは奴隷制度を廃止した人物ではありません。しかし、元奴隷商人という立場から真実を語り、廃止運動に道徳的な重みと信頼性を与えた点で、歴史に確かな足跡を残しています。奴隷制度の廃止とは、数十年にわたる多くの人々の努力と犠牲によって成し遂げられた、壮大な歴史の営みだったのです。