フランシスコ・ピサロ(Francisco Pizarro)は、16世紀に活躍したスペインの探検家であり、コンキスタドール(征服者)です。彼が生涯をかけて追い求めたもの、それは伝説の黄金都市「エル・ドラード(El Dorado)」と、南米に栄えたインカ帝国の征服でした。
黄金郷エル・ドラードへの執着
当時のヨーロッパでは、「新大陸のどこかに無数の黄金に満ちた都市が存在する」という伝説が広まっていました。この幻の都こそが「エル・ドラード」です。金への強い欲求に駆られたスペイン人探検家たちは、次々と新大陸へ渡り、その実在を信じて内陸部へと分け入っていきました。ピサロもまた、富と名声を求めてこの伝説的な黄金郷を追い続けた一人だったのです。
インカ帝国征服という大業
ピサロの名を歴史に刻む最大の功績は、1532年のインカ帝国征服です。わずか180人ほどの部下を率いてペルー沿岸へ上陸した彼は、インカ皇帝アタワルパとの会見の場で奇襲を仕掛け、皇帝を捕虜とすることに成功します。その後、莫大な身代金の黄金を受け取りながらもアタワルパを処刑し、事実上帝国の支配権を握りました。
さらにピサロは1535年にリマ市を建設し、ここをスペインによるペルー統治の拠点としました。こうして彼は、黄金郷の伝説に導かれながら、実際には南米最大級の文明国家を手に入れたのです。
野望の果てに
しかし、富と権力を手にしたピサロの晩年は平穏ではありませんでした。1541年、かつての同志であったディエゴ・デ・アルマグロの息子らによる一派によって、リマで暗殺されます。黄金を求めて新大陸へ渡った男の人生は、自らが築いた覇権争いの中で幕を閉じたのです。
それでもピサロが残した影響は計り知れず、彼の遠征は南米におけるスペイン植民地体制の確立を決定づけました。黄金郷エル・ドラードは最後まで発見されなかったものの、その伝説を追う過程で南米大陸の内陸部は大きく開拓されていったのです。