南アメリカの歴史

アメリカ人は「明白な天命(マニフェスト・デスティニー)」を果たすために何をしたのか?

マニフェスト・デスティニー(明白な天命)とは

マニフェスト・デスティニー(Manifest Destiny、日本語では「明白な天命」と訳されます)とは、19世紀のアメリカで広く信じられていた国家理念です。「アメリカ合衆国は北米大陸全土へと領土を拡大する運命にある」という考え方で、単なる願いではなく、まるで神から与えられた使命であるかのように受け止められ、多くの人々を西へと駆り立てました。

この信念を支えた3つの要因

  • 優れた国家であるという信念: アメリカは他国より優れた存在であり、その価値観や制度を世界に広める義務を負っていると考えられていました。
  • 土地と資源への渇望: 国家の持続的な成長と繁栄には、新たな土地や資源が不可欠であるとみなされていました。
  • 神聖な権利: アメリカには領土を拡大する神から与えられた権利があるという信念も強く根付いていました。

アメリカ人はどのように「天命」を果たしたのか

西部への入植

19世紀、数百万人ものアメリカ人が西部へ移住し、グレートプレーンズ(大平原)、ロッキー山脈、太平洋岸北西部に新たな生活の場を築いていきました。

新しい領土の獲得

アメリカは多様な手段を用いて領土を拡大していきました。

  • 戦争: 米墨戦争(1846年~1848年)に勝利し、カリフォルニア、ネバダ、ユタ、アリゾナなどを含む南西部を手に入れました。
  • 条約: 1867年にロシアからアラスカを譲り受けました。
  • 購入: 1819年にスペインからフロリダを購入しました。
  • 併合: 1845年にテキサス共和国を合衆国へ編入しました。

交通・通信技術の発展

鉄道、蒸気船、電信などの発明と普及により、大陸を横断する移動や通信が飛躍的に速まり、東西に離れた地域同士が急速に結ばれていきました。

「明白な天命」がもたらしたもの

マニフェスト・デスティニーの実現は、アメリカに計り知れない影響を与えました。国土・人口・経済は急速に拡大し、今日の大国アメリカの基礎が築かれました。一方で、先住民(ネイティブ・アメリカン)との激しい対立や、メキシコなど近隣諸国との紛争も引き起こしています。

この思想への評価は現在も分かれています。アメリカの歴史における前向きな原動力と捉える人々がいる一方で、帝国主義や拡張主義を正当化する口実だったと批判する声も少なくありません。