古代イタリアにおいて、ブドウやオリーブはテヴェレ川流域で広く栽培されていたわけではありません。むしろ、これらの作物はイタリア半島の他の地域、たとえばカンパニアやエトルリアの丘陵地帯、南イタリアなどで盛んに生産されていました。
テヴェレ川流域の農業は穀物と牧畜が中心
テヴェレ川といえば、古代ローマという都市の発展と深く結びついた川として知られています。しかし、ローマ周辺のテヴェレ川流域における農業は、ブドウやオリーブのような商品作物ではなく、小麦や大麦といった主食となる穀物、野菜の栽培、そして家畜の飼育を軸として営まれていました。
この背景には、土地の条件が大きく関係しています。テヴェレ川沿いの沖積平野は水はけが悪く、湿った土壌はオリーブの樹にとって過湿となりやすく、ブドウの栽培にも必ずしも向いていませんでした。一方で、平坦で肥沃な土地は穀物栽培や放牧には適した環境だったのです。
ブドウとオリーブが栄えたのはどんな場所か
ブドウやオリーブは、日当たりが良く水はけの良い傾斜地や丘陵地を好みます。そのため、カンパニア地方や南イタリア、シチリアなど、温暖な地中海性気候が典型的に現れる地域で大規模な栽培が発展しました。こうした地域で生産されたワインやオリーブ油は、テヴェレ川を通じてローマへと運ばれ、急成長する都市の食生活を支える重要な交易品となっていきました。
まとめ
テヴェレ川沿いでブドウやオリーブの栽培が中心とならなかったのは、気候や地形といった自然条件に加え、巨大化するローマという都市を支えるために、近郊では穀物や野菜の生産、家畜の飼育が優先されたためです。ブドウやオリーブは、あくまでもイタリアの他地域から供給される貴重な「交易品」としての役割を担っていたのです。