南アメリカの歴史

アメリカ軍はアウシュヴィッツ・ビルケナウの解放に参加したのか?歴史的事実を解説

第二次世界大戦中、アメリカ軍はアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所の解放には関与していませんでした。この収容所を解放したのは、ソ連(ソビエト連邦)の赤軍です。

アウシュヴィッツを解放したのはソ連赤軍

1945年1月27日、ソ連赤軍第60軍第322狙撃師団がポーランド南部のオシフィエンチム(ドイツ語名:アウシュヴィッツ)に到達し、収容所を解放しました。当時、敷地内には約7,000人の囚人が残されており、その多くは病気や飢餓により瀕死の状態でした。

なぜアメリカ軍ではなかったのか

アウシュヴィッツはポーランド南部に位置しており、大戦末期の時点で東から進軍していたのはソ連軍でした。西側から攻め進む米英軍とは戦線が大きく離れていたため、ナチス・ドイツが占領していたポーランド領内の絶滅収容所の多くは、必然的にソ連軍によって解放されることになったのです。

アメリカ軍が解放した収容所

一方で、アメリカ軍も他のナチス強制収容所の解放に大きく貢献しています。1945年4月にはブーヘンヴァルトやダッハウといった収容所を解放し、そこで目撃した収容者たちの悲惨な実態は、後世にホロコーストの真実を伝える重要な記録となりました。

1月27日は「ホロコースト犠牲者を記憶する国際デー」

アウシュヴィッツが解放された1月27日は、国連によって「ホロコースト犠牲者を記念する国際デー」に指定されています。毎年この日には世界各地で追悼行事が催され、二度と同じ悲劇を繰り返さないという誓いのもと、歴史の教訓が語り継がれています。

まとめると、アウシュヴィッツ・ビルケナウの解放における主役はソ連赤軍であり、アメリカ軍は直接関与していません。ただしこれは、アメリカ軍の貢献がなかったことを意味するものではなく、あくまで戦線の位置関係による結果だったのです。