1787年にフィラデルフィアで開催された憲法制定会議について、「創設者(建国の父)の一部が会議をボイコットした」という説明は、必ずしも正確なものではありません。
確かに、参加資格のあった人物全員が出席したわけではありませんでした。しかし、欠席した人々の理由は、ボイコットとは呼べないさまざまな事情によるものであり、組織的で広く調整されたボイコット運動が行われたという事実はありません。
欠席の主な理由
当時の記録によれば、欠席者の事情は主に以下のようなものでした。
- 他の公務・義務との衝突: トマス・ジェファーソンは駐フランス公使、ジョン・アダムズは駐英国公使として海外に赴任しており、出席が物理的に不可能でした。
- 健康上の問題: 高齢や病気を抱え、長旅と長期にわたる審議を避けた人物もいました。
- 改革の必要性への懐疑: 当時の連合規約で十分だと考え、新憲法制定の必要性そのものを疑問視する声もありました。
- バージニア案への不満: 会議の土台となったバージニア案(人口比例で大州に有利な議院構成など)に反対し、当初から参加を見合わせた人物もいます。
有名な欠席者たち
パトリック・ヘンリーは「ネズミの臭いがする(smelled a rat)」と述べて招待を辞退したことで知られています。サミュエル・アダムズやリチャード・ヘンリー・リーも、強力な中央政府への警戒から参加しませんでした。さらに、ロードアイランド州は代表団を派遣すること自体を拒否しています。
まとめ
つまり、「一部の建国の父が憲法制定会議をボイコットした」という表現は不正確です。彼らの多くは個別の事情や政治的見解によって欠席したのであり、組織だった抵抗運動としての「ボイコット」は実在しなかったのです。