ヨーロッパの歴史

なぜ王党派は「トーリー」と呼ばれたのか?アメリカ独立戦争期のロイヤリストを徹底解説

アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)の際、イギリス政府を支持した人々、いわゆる「ロイヤリスト(Loyalists/王党派)」は、「トーリー(Tory)」と呼ばれていました。では、なぜこの名称が使われたのでしょうか。

「トーリー」という言葉の由来

「トーリー」という言葉は、もともと17世紀後半のイングランドで生まれた政治用語です。当時、王権を擁護する政治勢力を指す言葉として使われ、この勢力が後にイギリス保守党へと発展していきました。そのため、「トーリー」は長らく保守党員を指す呼称として定着しました。

しかし、アメリカ植民地においては、この言葉の意味がやや異なっていました。植民地では、個人の政治的信条や所属政党にかかわらず、「イギリス本国を支持するすべての人々」を広く「トーリー」と呼んだのです。つまり、独立戦争という特殊な状況の中で、政治的立場を問わず使われる総称となっていたのです。

ロイヤリストとはどんな人々だったのか

ロイヤリストは決して画一的な集団ではなく、非常に多様な人々で構成されていました。富裕な商人、大地主、宗教指導者、官吏など、さまざまな階層の人が含まれていました。

彼らがイギリス側についた理由も一様ではありませんでした。

  • 経済的な理由: イギリスとの貿易関係や経済的つながりの方が、新しい国よりも利益が大きいと判断した人々
  • 政治的な不安: 新しい政府の安定性や持続可能性に対する懸念を抱いていた人々
  • 忠誠心: イギリス国王への忠誠義務を重んじ、王国の一員としての誇りを持っていた人々

愛国者(パトリオット)との対立

ロイヤリストは、アメリカの独立を求めて戦う「愛国者(パトリオット)」としばしば激しく対立しました。独立戦争中、両陣営は数多くの戦闘で衝突し、場合によっては同じ町や村の中でも対立が生じる、いわば内戦のような様相を呈することもありました。

戦争が進むにつれ、ロイヤリストは次第に追い詰められていき、最終的には植民地からの撤退を余儀なくされました。その行方は大きく分かれます。

  • カナダやイギリス本土へ移住した人々
  • 植民地に留まり、新たなアメリカの統治を受け入れた人々

特にカナダへ渡ったロイヤリストたちは、現在のオンタリオ州やノバスコシア州などの発展に大きな影響を与えたことでも知られています。

現代における「トーリー」の意味

今日でも「トーリー」という言葉は、保守派や保守党員を指す呼び名として使われることがあります。特にイギリス政治においては、保守党を「トーリー党」と呼ぶ慣習が今も残っています。ただし、アメリカの歴史の文脈では、この言葉は主に独立戦争期の王党派を指す歴史用語として用いられるのが一般的です。

ロイヤリストたちの存在は、アメリカ独立戦争が単なる「善対悪」の構図ではなかったことを示しています。独立を望む人々と、イギリスとの絆を守りたいと願う人々が共存していた当時の社会は、実に複雑で多面的なものでした。彼らの物語は、革命という大きな歴史の転換点において、人々がそれぞれの信念と事情に基づいて選択を迫られたことを私たちに教えてくれるのです。