エッフェル塔は第二次世界大戦で破壊されなかった
結論から言うと、エッフェル塔は第二次世界大戦中に損傷を受けることなく、ドイツ軍の攻撃目標にもなりませんでした。1940年6月にドイツ軍がパリを占領した際も、1944年8月のパリ解放の戦いにおいても、この象徴的な鉄塔は奇跡的に無傷で残りました。
占領下のパリとエッフェル塔
ドイツ軍がパリに入城した直後、ヒトラー自身がエッフェル塔を訪れました。これに対してフランス側は抵抗の意思を示すため、エレベーターのケーブルを意図的に切断したと言われています。その結果、ドイツ兵は展望台へ登るために約1,700段の階段を自力で上らなければなりませんでした。
パリ破壊命令はなぜ実行されなかったのか
終戦間近の1944年、ヒトラーは連合軍による解放を前にパリの主要建造物を破壊するよう命令したと伝えられています。しかし、当時のパリ駐留ドイツ軍司令官ディートリヒ・フォン・コルティッツ将軍はこの命令に従わず、都市をほぼ無傷のまま連合軍に引き渡しました。この決断により、エッフェル塔だけでなくノートルダム大聖堂やルーヴル美術館など、パリの歴史的遺産の多くが戦火を免れたのです。
まとめ
エッフェル塔は第二次世界大戦において直接的な攻撃対象となることはなく、占領期と解放の両方を無傷で乗り越えました。今日私たちが目にするエッフェル塔は、激動の歴史を生き抜いた貴重な証人だと言えるでしょう。