フランス・パリにあるコンコルド広場(Place de la Concorde)は、フランス革命以前には「ルイ15世広場」と呼ばれていた、由緒ある歴史的名所です。
フランス革命期の「革命広場」
1789年の革命勃発後、この広場は「革命広場(Place de la Révolution)」と改称され、ギロチンが設置されて処刑の場となりました。
1793年1月21日には国王ルイ16世が、そして同年10月16日には王妃マリー・アントワネットが、それぞれこの地で斬首刑に処されています。このほかにも、王党派や当時の政治家など数多くの人々がここで命を落としました。
「コンコルド(調和)広場」への改名
恐怖政治の終結後の1795年、国民の和解への願いを込めて、広場は「コンコルド広場」と改名されました。現在では中央にエジプトから贈られたルクソール方尖碑がそびえ立ち、シャンゼリゼ通りに隣接するパリを代表する観光スポットとして、多くの人々に親しまれています。