ヨーロッパの歴史

フランス革命期の「長老評議会」とは?その役割と仕組みを解説

長老評議会(Conseil des Anciens)とは何か

長老評議会(コンセイ・デザンシエ、Conseil des Anciens)は、フランス革命期に存在した立法機関の一つです。1795年8月22日に設立され、1799年11月9日、いわゆるブリュメール18日のクーデターによって解散するまでの約4年間活動しました。

長老評議会は、五百人評議会とともに、共和暦3年憲法(1795年憲法)に基づいて設立されたフランス第二の立法府を構成していました。テルミドール反動後の混乱を収拾し、安定した政治体制を築くことを目的として、二院制が採用されたのです。

250名の議員からなる上院としての機能

二院制立法府における上院に相当する長老評議会は、250名の議員で構成され、毎年3分の1が改選される仕組みになっていました。

また、議員となるためには40歳以上であることに加え、既婚者または寡婦(配偶者と死別した者)であるという厳格な資格要件が課されていました。これらの条件は、若さゆえの衝動性を排し、人生経験を積んだ落ち着いた人物による慎重な審議を期待したものと考えられています。

五百人評議会との関係と「貴族院」的役割

長老評議会には、イギリスの貴族院に似た役割が期待されていました。下院にあたる五百人評議会で可決された法案に対し、長老評議会はそれを審査し、修正や承認、否決を行う立場にあったのです。法案を自ら発案することはできませんでしたが、最終的な採択権限を握っていたため、五百人評議会による急進的な立法に対する「ブレーキ」として機能していました。

このように長老評議会は、フランス革命末期の政治体制において、慎重さと均衡をもたらす上院的存在として重要な役割を果たしたのです。