ヨーロッパの歴史

バトル・オブ・ブリテンでイギリスを支えた同盟国とは?各国の貢献を徹底解説

第二次世界大戦中、イギリスはナチス・ドイツ率いる枢軸国に対抗するため、多くの国々と連携して戦いました。1940年7月から10月にかけて行われた「バトル・オブ・ブリテン(英国航空戦)」は、ドイツ空軍による大規模な空襲に対し、イギリス空軍(RAF)が本土防衛に挑んだ歴史的な空中戦です。この戦いにおいて、イギリスは以下の同盟国・協力国からの多大な支援を受けることができました。

バトル・オブ・ブリテンにおける主要な同盟国

カナダ

王立カナダ空軍(RCAF)は戦闘機中隊と多数のパイロットを派遣し、ドイツ軍の空襲からイギリス本土を守る防衛作戦に参加しました。RCAFの中隊は、バトル・オブ・ブリテン期間中に200機以上のドイツ機を撃墜したとされ、連合軍の防空体制に大きく貢献しました。

ポーランド

ポーランド空軍もこの戦いで極めて重要な役割を果たしました。祖国を占領されたポーランド人パイロットたちは高い志気を持って戦い、170機以上のドイツ機撃墜が認められています。特に第303ポーランド戦闘機中隊は、参戦期間が短いにもかかわらず連合軍随一の撃墜数を記録し、「最も勇敢な部隊の一つ」と称えられました。

チェコスロバキア

チェコスロバキアもまた、自国が占領下に置かれる中で多くのパイロットをイギリスへ送り出しました。チェコスロバキア人パイロットは100機以上のドイツ機を撃墜し、ポーランド人パイロットとともにイギリス防空の要として活躍しました。

ニュージーランド

王立ニュージーランド空軍(RNZAF)も積極的に参戦し、80機以上のドイツ機の撃墜に貢献しました。ニュージーランド出身のパイロットには、後にバトル・オブ・ブリテンでエースとして名を馳せた者も多くいます。

オーストラリア

王立オーストラリア空軍(RAAF)からも多数のパイロットが派遣され、60機以上のドイツ機を撃墜しました。彼らはイギリス軍の中隊に編入され、本土防空の最前線で戦いました。

アメリカ合衆国

アメリカは1941年12月まで正式にドイツへ宣戦布告していませんでしたが、バトル・オブ・ブリテンの期間中、すでに実質的な軍事支援を行っていました。一部のアメリカ人パイロットは義勇兵としてイギリス軍の中隊で戦い(後の「イーグル中隊」の母体となりました)、またアメリカ製の航空機がイギリスへ供給されるなど、物資面での支援も進められました。

その他の協力国

上記の国々に加えて、イギリスはフランス、ベルギー、オランダ、ノルウェー、デンマークといったヨーロッパ諸国からも支援を受けました。これらの国々の亡命パイロットたちもイギリス軍の中隊に加わり、故国の解放を目指して共に戦いました。

まとめ

バトル・オブ・ブリテンは、単なるイギリス一国の戦いではなく、世界中の同盟国・協力国が結集した国際的な防衛戦でした。占領下にある祖国を取り戻そうとするポーランドやチェコスロバキアのパイロット、英連邦各国からの援軍、そして公式な参戦前のアメリカの支援——こうした多国籍の協力があったからこそ、イギリスはドイツ空軍の猛攻を退け、第二次世界大戦の大きな転換点を迎えることができたのです。