ヨーロッパの歴史

ヒンデンブルク大統領の死、そのときヒトラーは何をしたのか?

1934年8月2日、歴史が動いた日

1934年8月2日、ドイツのパウル・フォン・ヒンデンブルク大統領が86歳でこの世を去りました。第一次世界大戦の英雄であり、国民から絶大な信頼を集めていた老元帥の死は、ドイツ政治における最後の歯止めが失われた瞬間でもありました。

首相と大統領の職務を一つに統合

ヒンデンブルクの死去を受けて、当時首相だったアドルフ・ヒトラーは直ちに行動を起こしました。彼は首相(ライヒスカンツラー)と大統領の二つの職務を自らの手中に統合し、「総統兼首相(Führer und Reichskanzler)」という新たな称号を名乗ったのです。

これにより、ヴァイマル憲法が定める大統領権限は事実上消滅し、ヒトラーは国家元首としての地位も獲得しました。以後、彼は単に「総統(Führer)」と呼ばれることになります。

軍隊への忠誠宣誓

同じ日のうちに、国防軍の将兵は伝統的な憲法への忠誠宣誓に代わり、ヒトラー個人への忠誠を誓う新しい宣誓を行いました。これは軍が国家ではなく一人の指導者に従属することを意味し、ナチス独裁体制を支える重要な布石となりました。

国民投票による追認

同年8月19日には、両職務の統合の是非を問う国民投票が実施され、約90%の賛成票を得て承認されました。ただし、この投票はナチス政権下での監視や宣伝の中で行われたため、自由な意思表示とは言い難いものでした。

完全な独裁体制への道

こうしてヒトラーは、法的にも形式的にもドイツの唯一無二の指導者となり、第三帝国の独裁体制が確立されました。ヒンデンブルクの死は、民主主義の残滓が消え去り、ヨーロッパ全体を巻き込む悲劇へと向かう転換点となったのです。