アンジク王国は、テケ王国やティヨ王国とも呼ばれる、コンゴ川沿いおよびその北側、マレボ湖(マレボ・プール)付近に存在した歴史的なアフリカ国家です。
起源と王国の成立
テケ族は早くからこの地域の高原地帯に定住していました。彼らがいつ王国として組織されたのかは正確には記録に残っていませんが、1600年頃までには、川の南岸に位置する強大なコンゴ王国に対抗しうる国家へと発展を遂げていました。
領土と経済――奴隷貿易の支配
アンジク王国はコンゴ川下流域を掌握し、その勢力範囲は北西のクイルー=ニアリ川上流域まで広がりました。王国は国内交易、とりわけ奴隷貿易を支配することで大きな富を築きました。
しかし、ヨーロッパとの交易が拡大するにつれ、伝統的な手工業品は次第に顧みられなくなり、奴隷と引き換えにヨーロッパから輸入される製品へと取って代わられていきました。
フランス植民地時代への転換
1880年、イロ王はフランスの探検家にして植民地主義者であるピエール・サヴォルニャン・ド・ブラザとの間に条約を締結しました。これによりアンジクはフランスの保護国となります。さらに11年後の1891年には、王国は正式にフランス領(中部)コンゴへと編入され、独立した国家としての歴史に幕を下ろしました。
現在のアンジク地域
かつてアンジク王国が栄えた歴史的地域は、今日ではコンゴ共和国の中央部を形成しており、同国の首都ブラザビルもこの地域内に位置しています。
豆知識:アフリカの最北端はヨーロッパの最南端より北にある?
実は、アフリカ大陸の最北端(チュニジアのラス・ベン・サッカ付近、北緯37度付近)は、ヨーロッパ大陸の最南端(スペインのタリファ岬など)よりも北に位置しています。アフリカが「暑い大陸」というイメージを持たれがちな一方、地理的には意外な事実が隠されているのです。