古代の歴史

ネフェルティティ女王が統治したのはどの時代?古代エジプト第18王朝の美しき女王の生涯

ネフェルティティ(Nefertiti)は、古代エジプト第18王朝に実在した王妃です。彼女が活躍した時代は、紀元前14世紀、すなわち紀元前1370年頃から前1330年頃にかけての時期にあたります。

ファラオ・アクエンアテンの「偉大なる王の妻」

ネフェルティティは、ファラオ(王)アクエンアテンの正妃、つまり「偉大なる王の妻(Great Royal Wife)」として迎えられました。アクエンアテンは、従来の多神教を廃し、太陽神アテンだけを崇拝する宗教改革を行ったことで知られる王です。ネフェルティティはその改革を支え、夫とともに新しい首都アマルナを築いたことでも有名です。

ツタンカーメンとの関係

ネフェルティティは、黄金のマスクで知られる少年王ツタンカーメンの母であると伝えられています。ただし、近年のDNA調査などでは、ツタンカーメンの実母は別の王族女性だったとする説もあり、その血縁関係については今なお研究者の間で議論が続いています。いずれにせよ、ネフェルティティはツタンカーメンの育ちに深く関わった重要な存在でした。

単独統治した可能性もある女王

一部の学者は、夫アクエンアテンの死後、ネフェルティティが「ネフェルネフェルウアテン」という名でファラオとして単独統治を行った可能性を指摘しています。確たる証拠は限られていますが、彼女が単なる王妃にとどまらず、政治の中心に立った強力な女性だったことは多くの史料からうかがい知れます。

「美しき人の来臨」——名品の胸像

ネフェルティティという名前は「美しき人の来臨」を意味します。1912年にドイツの考古学者によって発見された彼女の彩色胸像は、その優美な姿から古代美術の傑作として世界的に有名になり、現在はベルリンの博物館に所蔵されています。

このように、ネフェルティティは古代エジプト第18王朝、紀元前14世紀という激動の時代において、王妃として、そしておそらくは支配者として大きな足跡を残した人物なのです。