エドワード6世が王位継承者となった最大の理由は、父であるヘンリー8世が遺言書の中で正式に彼を後継者に指名したことにあります。
ヘンリー8世の遺言による指名
ヘンリー8世は、息子エドワードを第一の後継者と定め、その後にメアリー、続いてエリザベスという順序で王位継承権を規定しました。この取り決めは1543年の王位継承法(第三継承法)にも基づいており、強固な法的根拠を備えたものでした。
姉たちが継承順位から外れた背景
もともとヘンリー8世には、最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンとの間に娘メアリーが、二番目の王妃アン・ブーリンとの間に娘エリザベスがいました。しかし、ヘンリー8世がキャサリンとの婚姻を無効と宣言し、さらにアン・ブーリンを処刑したことで、二人の姫はいずれも「庶出(非嫡出)」とみなされ、一時的に王位継承の資格を失っていました。こうした事情により、唯一の嫡出男子であるエドワードが最優先の継承者となったのです。
9歳での即位
1547年1月、ヘンリー8世が死去すると、当時わずか9歳だったエドワード6世がイングランド王として即位しました。幼年であったため、実際の政治は叔父にあたるサマセット公エドワード・シーモアら摂政評議会によって運営されることになりました。