答え:これは「嘘」です
チャンドラグプタ・マウリヤ(Chandragupta Maurya)によって設立された帝国は、インダス川渓谷ではなく、ガンジス川渓谷を中心としていました。したがって、この説は誤りです。
マウリヤ帝国の中心地はガンジス川流域
紀元前322年頃、チャンドラグプタ・マウリヤは北インドの強力な国家マガダ国を基盤としてマウリヤ帝国を打ち立てました。その首都となったのは、ガンジス川沿いに位置するパータリプトラ(Pataliputra、現在のパトナ)です。
ガンジス川流域は肥沃な大地に恵まれ、人口も多く、当時のインド亜大陸における政治・経済の中心地でした。この立地条件こそが、マウリヤ帝国の急速な拡大を支える重要な基盤となったのです。
インダス川流域との関係は?
ただし、注意すべき点があります。マウリヤ帝国はその後の拡大過程で、インダス川流域も領土に組み込んでいます。特にチャンドラグプタの時代には、セレウコス朝との戦いに勝利し、現在のパキスタンからアフガニスタン東部にかけての地域を獲得しました。
しかし、あくまで帝国の発祥の地であり中核であったのはガンジス川渓谷であるため、「最初の帝国はインダス川渓谷にあった」という表現は正しくありません。
混同されやすい「インダス文明」との違い
この誤解が生まれる背景には、より古い時代のインダス文明(Indus Valley Civilization)の存在があると考えられます。インダス文明は紀元前2600年頃〜前1900年頃にインダス川流域で栄えた都市文明ですが、チャンドラグプタ・マウリヤによるマウリヤ帝国とは時代も場所も異なる別の歴史的事象です。
まとめ
- チャンドラグプタ・マウリヤの帝国(マウリヤ帝国)の中心はガンジス川渓谷だった → したがって本問の答えは「嘘」
- 首都はガンジス川沿いのパータリプトラ(現パトナ)
- 帝国拡大後にインダス川流域も支配下に入ったが、発祥の中核地域ではない
- インダス文明とは全く別の時代・文明である点にも注意が必要