古代エジプトとはどのような文明か
古代エジプトは、アフリカ北東部のナイル川下流域に栄えた古代北アフリカの文明です。エジプト文明は、ナイル川の両岸に広がる「ナイル渓谷」と、川が地中海へ注ぐ手前で分流して扇状に広がる「ナイル・デルタ」において発展しました。
古代エジプトを囲む4つの国境
古代エジプトは、北を地中海、西をリビア砂漠、南を上ヌビア(現在のスーダン)、東をアラビア砂漠と紅海に囲まれていました。その領域は時代とともに変遷し、特に新王国時代(紀元前1550年頃〜紀元前1070年頃)に最大規模の領土拡大を遂げたことで知られています。
以下に、古代エジプトのおおよその地理的境界を方向ごとに見ていきましょう。
北の国境:地中海
北側の境界は地中海です。海岸線は、西は現在のメルサ・マトルーフ付近から、東はガザ(現在のパレスチナ地域)まで続いていました。
西の国境:リビア砂漠
西側は広大なリビア砂漠が天然の障壁となっていました。西方の境界線は、地中海沿岸のソルムから、アスワン近郊に位置するナイル川の「第一瀑布」まで及んでいます。
南の国境:時代によって変動
南の境界は歴史の中で大きく変動しました。古王国時代および中王国時代には、国境はナイル川の第一瀑布までとされていました。ところが新王国時代に入ると、エジプトの勢力圏はさらに南方のヌビア(現在のスーダン)一帯にまで拡大したのです。
東の国境:アラビア砂漠と紅海
東側の境界はアラビア砂漠と紅海によって画されていました。その範囲は、北東のシナイ半島から、南東は現在のエリトリアにあたる紅海沿岸部まで広がっていました。
上下エジプトとナイル川の役割
こうした国境の中には、古代エジプトの主要な二つの地域、すなわち下エジプト(ナイル・デルタ地域)と上エジプト(ナイル渓谷)が含まれていました。ナイル川は人や物資を運ぶ最重要の交通路として機能し、各地域を結びつけることで、エジプト文明の発展を支えたのです。