実は、歴史上のアーサー王が実際に円卓を持っていたという確かな記録はありません。私たちがよく知る「円卓の騎士」のイメージは、後世の文学の中で生み出された伝説的な創作なのです。
円卓の初出は12世紀の詩「ブルート」
円卓について最初に言及したのは、12世紀にノルマン人の詩人ウェイス(Wace)が書いた韻文作品『ロマーン・ド・ブルート』です。この作品は、ジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』をもとに翻案されたもので、1155年頃に完成しました。
円卓が象徴するもの
ウェイスの物語において、円卓は単なる家具ではなく、アーサー王の宮廷に集う騎士たちの平等を象徴する存在でした。丸い形のテーブルには端も上座もないため、どの騎士も他の騎士より上位に座ることができません。王の評議会において、すべての騎士が対等な立場で発言できる――それこそが円卓に込められた理想だったのです。
その後の伝説の発展
13世紀に入ると、ロベール・ド・ボロンの『メルラン』によって円卓の物語はさらに発展します。この作品では、円卓が聖杯伝説と結びつけられ、最後の晩餐の食卓にならって魔術師マーリンが造ったとされるようになりました。
また、イングランドのウィンチェスター城には「ウィンチェスターの円卓」と呼ばれる巨大な円卓が現存しています。これは13世紀後半に制作されたもので、中世イングランドにおける騎士道精神の復興との関わりが指摘されています。現在目にできるアーサー王の姿が描かれた彩画は、ヘンリー8世の治世に施されたものです。
まとめ
アーサー王の円卓は、どこかから「手に入れた」現実の品ではなく、12世紀のウェイスの詩『ブルート』において、騎士たちの平等という理想を表す象徴として創作されたものです。その後の物語の展開とともに聖杯やマーリンの伝説へと結びつき、今日のアーサー王伝説を語るうえで欠かせない中心的なシンボルとなったのです。