イギリス(イングランド)が本格的に海外植民地化へと踏み出したのは、テューダー朝期(1485年〜1603年)です。ヘンリー7世に始まりエリザベス1世で終わるこの王朝の時代に、イングランドはアイルランド支配を強めるとともに、北米大陸や大西洋海域への進出を開始しました。
テューダー朝期の主な植民地化の流れ
1536年:アイルランド
ヘンリー8世がアイルランド征服政策を本格化させた年です。以降、イングランドによるアイルランド支配は段階的に強まり、17世紀初頭にかけて実質的な統治体制が確立されていきました。
1578年:ニューファンドランド
探検家ハンフリー・ギルバートがエリザベス1世から北米探検・殖民の勅許を取得しました。これがイングランドによるニューファンドランド進出の重要な足がかりとなります。
1583年:ニューファンドランドおよびラブラドル
ギルバートはニューファンドランドのセントジョーンズにおいて、正式にイングランド領有を宣言しました。この出来事は、後の「大英帝国」の起点とされることが多い歴史的瞬間です。
1584年:バージニア
ウォルター・ローリーが北米東海岸へ探検隊を派遣し、独身を貫いたエリザベス1世(処女王)にちなんでこの地域を「バージニア」と命名しました。その後のロアノーク植民地の試みへとつながる出来事です。
1590年:バーミューダ
北大西洋に浮かぶバーミューダ諸島も、この時期にイングランドの勢力圏へ組み込まれていきました。ただし、恒久的な入植が本格化するのは17世紀初頭になってからです。
まとめ
テューダー朝期は、イギリスが単なる島国から海洋帝国へと歩み始めた重要な転換点でした。アイルランドでの統治経験と、北米・大西洋方面への探検活動は、17世紀以降の本格的な植民地帝国建設の基盤となったのです。