ワット・プラ・チャイ・チェッタティラートとは
ワット・プラ・チャイ・チェッタティラート(Wat Phra Chai Chetthathirat)は、タイ東北部イーサーン地方のノーンカイ県、ムアンノーンカイ郡クアンワン地区の自治体域内に位置する仏教寺院です。マハーニカーヤ派に属する王室寺院であり、その起源はランサーン王朝の時代にまで遡ると伝えられています。
立地と地形
寺院周辺の一帯は、メコン川の流れが緩やかになった場所に土砂が堆積して形成された沖積平野です。メコン川は寺院の西方約400メートルを流れ、タイとラオスの国境を成しています。
寺院の西側は密集した市街地が広がり、北側と南側には住宅や庭園・果樹園が点在します。東側は田園(水田)地帯です。
標高
海抜約171メートル。
水系
メコン川。
地質条件
当地域の地形は、完新世(約1万年前以降)にメコン川沿いで堆積した土砂によって形成されたものです。
歴史的背景
当寺院は歴史時代(有史時代)に属し、文化的にはランサーン王朝期の遺産と位置づけられます。考古学的な年代は仏暦2090年頃(西暦16世紀中頃)とされます。建立の正確な時期は定かではありませんが、ランサーン王朝の王チャイ・チェッタティラート(セタティラート)にちなむ由緒を持つと伝えられています。
「ワット・チャイ・チェッタ碑文」――境内最大の見どころ
境内で最も重要な文化財が、「ワット・チャイ・チェッタ碑文」と呼ばれる石碑です。この碑文は、かつて境内の大木の下で発見され、本堂(ウィハーン)が建立された後に堂内へ移されました。
碑文は欄干のような形状をした石碑で、タイ・ノイ文字によって両面に刻まれています。第1面に11行、第2面に6行の銘文があり、第1面1行目には小暦916年、すなわち仏暦2097年(西暦1554年)の紀年が記されています。
銘文の内容は、ソムデット・プラ・チャイ・チェッタティラート王が寺院およびウィハーンの建立用の土地を寄進した旨を記したもので、末尾には土地を横領する者に対する呪詛の言葉が添えられています。なお、チャイ・チェッタティラート王は仏暦2093年から2115年(西暦1550年~1572年)にかけてランサーン王国を統治した王です。
2014年調査で判明した境内の現況
2014年9月に実施された調査では、過去の研究記録に見られた遺構の痕跡は確認されませんでした。見つかったのは、本尊「ルアンプォー・プラ・チャイ・チェッタティラート」像(近代の作)の脇の地面に置かれた石碑のみです。
現在のウィハーン(本堂)は近年新築されたもので、風通しの良い開放的な造りになっています。壁は奥行き方向の端部・側面・背面にのみ設けられ、出入口や壁面には鉄細工の扉と手すりが取り付けられています。
碑文石の保存状態は比較的良く、文字もかなり明瞭に読み取れます。ただし、表面には所々に傷や摩耗が見られます。石碑は後世に漆喰で制作された蓮華座の上に安置されており、台座の前後には様々な供物が捧げられています。
また、碑文の脇に置かれた台座の中からは、大型の漆喰製ビーズ2点や、後代のものとみられるラテライト(紅土)片など、多種多様な遺物が確認されています。
南側に立つランサーン様式の小仏塔
境内の裏手にあたる南側には、仏舎利を祀る小型の仏塔(チェーディー)があります。これはランサーンの民衆芸術(民俗様式)によるもので、基壇と鐘部は方形プランを採ります。鐘部にはランサーン様式特有の多角形の蓮弁装飾が施されますが、全体的に背の低いずんぐりとしたシルエットが特徴で、四面に漆喰の文様がほどこされています。頂部には台座・蓮華・小塔が重ねられ、現在は塔全体が黄色く塗られています。
文化財としての指定状況
ワット・プラ・チャイ・チェッタティラートの寺院本体は、タイ政府による史跡(古代記念物)には指定されていません。一方、境内の石碑は1975年2月にタイ芸術庁によって古物として登録されており、ランサーン王朝期の歴史と文字文化を今に伝える貴重な資料となっています。