古代エジプトの宗教と葬送儀礼において、カノプス壺(カノポス壺)は、故人の内臓を保存するために用いられた4つの壺です。ミイラ製作の過程で遺体から取り出された臓器は、これらの壺に収められ、ミイラとともに墓の中へ納められました。
壺の材質は石灰岩や雪花石膏(アラバスター)、陶器などが主流で、各壺には、その中に収められた臓器を守護するとされる神のシンボルや姿が描かれていました。
カノプス壺という名前の由来
「カノプス」という名称は、オシリス信仰の中心地の一つだった古代都市カノポスに由来すると言われています。同地で発見された壺と形が似ていたことから、初期の考古学者たちによってこの名が付けられました。
4つのカノプス壺と守護神
カノプス壺は「ホルスの四人息子」と呼ばれる神々と深く結びついており、それぞれが異なる臓器を担当していました。
1. イムセティの壺 ― 肝臓
肝臓を収める壺です。女神イシスが守護者とされ、蓋には人間の頭部がかたどられるのが一般的でした。
2. ハピの壺 ― 肺
肺を収める壺です。女神ネフティスが守護し、蓋は狒々(ヒヒ)の頭の形をしています。
3. ドゥアムテフの壺 ― 胃
胃を収める壺です。ドゥアムテフ自身が守護神とされ(伝統的には女神ネイトとの関連も語られます)、蓋はジャッカルの頭の形をしています。
4. ケベフセヌエフの壺 ― 腸
腸を収める壺です。ケベフセヌエフ自身が守護神とされ(伝統的には蠍の女神セルケトとの関連もあります)、蓋は鷹(ハヤブサ)の頭の形をしています。
なぜ心臓は壺に収められなかったのか?
興味深いことに、最も重要な臓器である心臓はカノプス壺には収められず、遺体内にそのまま残されました。古代エジプトの人々は、心臓こそが知恵や感情、記憶の座であり、来世で行われる審判「心臓の計量」に必要不可欠だと考えていたためです。一方、脳は特殊な道具を使って鼻腔から取り出され、保存の対象とはみなされませんでした。
時代による変化
新王国時代以降になると、4つの壺をまとめて収める「カノプス箱」が用いられるようになりました。さらに後期王朝時代には、実際に臓器を収めない装飾的な壺へと変化していき、葬送儀礼における象徴的な意味合いが強まっていったのです。