クアイシー寺院とは
クアイシー寺院(Wat Kuai Si)は、タイ北部に残るラーンナー時代の廃寺(放棄された宗教遺跡)です。「クー・アイ・シー」という名称は、遺跡が「シー氏の土地」に隣接していたことにちなんで、地元の人々が呼びならわしてきた呼称に由来します。
タイ芸術庁(Fine Arts Department)は1999年から2000年にかけて本遺跡の発掘調査を実施し、遺構と出土品に関する詳細な情報を明らかにしました(芸術庁 2005: 69–70)。
立地と周辺環境
遺跡は、ワット・チャーンカームから東へ約200メートル、ワット・フアノーンの古刹遺構からも約200メートルの位置にあります。また、地域の主要な水路であるピン川からは東へ約1.3キロメートル離れています。周辺は田園地帯(稲作地)が広がり、現在では村人の居住区域にも隣接しています。
標高と地形
標高は海抜約302メートル。地質的には河川流域に属し、完新世(約1万年前以降)に堆積した砂や礫からなる沖積地の上に位置します。
年代と文化的背景
考古学的には歴史時代の遺跡に分類され、ラーンナー期(仏暦21〜22世紀、およそ西暦15世紀末〜17世紀)の宗教施設と考えられています。
遺構の概要
クアイシー寺院の遺構は、仏塔(チェーディー)、ウィハーン(礼拝堂)、祭壇、そしてウィハーン南側にめぐらされた界壁(ガラス壁)から構成されています。
ウィハーン(礼拝堂)
ウィハーンは長方形の平面を持つ堂宇です。後方部分を一段高く造り、本尊仏像を安置する空間としています。堂内には、僧侶の着席用に設けられる低い基壇(チュクチー基壇)が全面に巡らされていました。
建築の重複痕跡から、2つの時期にわたって増改築が行われたことがわかります。ウィハーンの前面には階段が設けられ、屋根は木造軸組の上に粘土瓦で葺かれていました。
仏塔(チェーディー)
仏塔はウィハーンの背後、約4.8メートルの位置に建てられていました。現在は正方形プランの基壇部分のみが残っています。こちらにも2時期にわたる築造の痕跡が認められ、後期の段階で基壇が従来より大きく拡張されたことが確認されています。
出土遺物
発掘調査で出土した主な遺物は以下のとおりです。
- 刻字のある煉瓦 2点
- 粘土製の護符(アミュレット)
- ラーンナー系窯場の陶磁器 ― サンカムペーン窯、ウィアン・カローン窯、サーンド窯などの産品
- ハリプンチャイ美術様式の押型で花文を施した瓶(壺)類
- 明代中期の中国磁器 ― 白磁のほか、透明釉・緑釉・染付(青花)などの作品
- 屋根瓦、中国製の釘 ほか
これらの出土品は、ラーンナー地方内における陶磁器の流通だけでなく、当時の中国との交易の存在をも示す貴重な資料となっています。
年代の推定
ウィハーンの建築構成が、仏暦21世紀(西暦15〜16世紀頃)のラーンナー地方で流行した形式と一致すること、さらに煉瓦に刻まれた文字の年代などを総合的に考慮すると、クアイシー寺院は仏暦21〜22世紀(およそ西暦15世紀末〜17世紀)に建立されたものと推定されます。
出典:Chaiwat Sirisumsuwan