考古学的発見

アリストテレスの墓は発見されたのか?―ギリシャ北部スタゲイラの発掘調査が示す可能性

古代ギリシャ最大の哲学者の一人として知られるアリストテレス(紀元前384年~前322年)。その墓が、ギリシャ北部ハルキディキ半島の古代都市スタゲイラで発見された可能性があることが、国際的に著名な考古学者コンスタンティノス・シスマニディス氏率いる調査チームによって発表されました。

アリストテレスの墓は発見されたのか?―ギリシャ北部スタゲイラの発掘調査が示す可能性

アリストテレスの墓が発見されたとされる、ギリシャ北部ハルキディキのスタゲイラ遺跡

「決定的な証拠はないが、有力な根拠はある」

2016年5月26日、テッサロニキ大学(ギリシャ)で開催された、アリストテレス生誕2400年を記念する国際会議の場で、シスマニディス氏は数十年にわたるマケドニア地方での調査成果を発表しました。同氏は「決定的な証拠はないものの、有力な根拠(推定)はある」と述べ、あくまで慎重な姿勢を崩しませんでした。

興味深いことに、アリストテレスの倫理学は「フロネシス(思慮・賢明さ)」という概念を重視することで知られています。発表者自身がこの哲学的教えにならうかのように慎重だったことは、ある種の象徴的なエピソードと言えるかもしれません。

墓とみられる建造物の特徴

注目される遺構は、アリストテレスの出生地であるスタゲイラ(テッサロニキの東約40キロメートル)で発見された、1996年に発掘された馬蹄形(アプス状)の建造物です。この構造は、世界史上最も影響力のある思想家の一人であるアリストテレスを称えて建てられた墳墓記念碑に相当すると考えられています。

大理石が敷き詰められた床や、王立工房で製作されたとみられる瓦屋根を備えるこの建物は、公共的な機能も兼ね備えていたとシスマニディス氏は指摘します。すなわちこれは「ヘロオン」――都市の英雄や名士を祀る崇拝の場――であり、スタゲイラの中心広場である古代アゴラから約10メートルの高台という、街を見下ろす支配的な位置に建てられていたのです。

さらに、このヘレニズム時代の建物内部からは、アレクサンドロス大王の時代(紀元前4世紀)にさかのぼる約50点の貨幣や土器が出土しています。アリストテレスが若き日のマケドニア征服王の家庭教師を務め、ミエザ(旧レフカディア)で彼を教育したという歴史的事実を踏まえると、出土品の時代設定ともよく整合しています。

アリストテレスの墓は発見されたのか?―ギリシャ北部スタゲイラの発掘調査が示す可能性

マケドニア・スタゲイラにあるアリストテレスの墓とみられる建造物の3D復元イメージ 出典:Kostas Simanidis

中世アラビア語文献が裏付ける伝承

この仮説を支えるもう一つの重要な根拠が、イタリア・ヴェネツィアのマルチャーナ図書館に所蔵される中世アラビア語文献です。11世紀後半に書き写されたこれらの文書は、アリストテレスに関するギリシャ古典の写本であり、次のような伝承を伝えています。

それによれば、エウボイア島カルキスで亡くなったアリストテレスの遺灰を、スタゲイラの住民が取り戻し、青銅製の壺(ヒュドリア)に納めて故郷へ持ち帰ったといいます。そしてその遺灰は、「アリストテレイオン」と呼ばれる建物に安置されたと記されているのです。今回発見された建造物の位置や性格は、この文献の記述と驚くほど一致します。

文化省は追加情報を待機

ギリシャ文化省はこの発表を受け止めた上で、さらなる詳細情報の提供を待つ姿勢を示しています。今後の調査の進展により、2300年以上の時を超えた偉大な哲学者の眠りの場が確定するのかどうか、世界中の考古学ファンの関心が集まっています。