ロアノーク植民地で育てようとした作物
16世紀末、現在のアメリカ・ノースカロライナ州ロアノーク島に設立されたイギリス最初の北米植民地「ロアノーク植民地」では、入植者たちが慣れ親しんだヨーロッパ原産の作物の栽培を試みていました。
具体的には、小麦、大麦、オート麦(えんばく)、ライ麦、マスタード、カブ、メロン、ブドウなどです。しかし、これらの作物は現地の気候や土壌にうまく適応せず、栽培はほとんど成功しませんでした。
在来作物を活かさなかったことが致命傷に
当時の北米大陸では、先住民族によってトウモロコシ、豆類(インゲン豆)、カボチャという、いわゆる「スリーシスターズ」と呼ばれる伝統的な作物が古くから栽培されていました。これらは現地の環境に完全に適応しており、互いに助け合いながら育つため、安定した収穫が可能な優れた農業システムでした。
しかし、ロアノークの入植者たちはこうした在来作物の栽培に本格的に取り組むことをせず、慣れ親しんだヨーロッパ式の農業に固執しました。その結果、植民地は慢性的な食料不足に陥り、自給自足による維持が困難になりました。
食料不足が招いた植民地の滅亡
食料生産の失敗は、ロアノーク植民地の運命を大きく左右することになりました。外部からの補給に頼らざるを得ない状況が続き、植民地は最終的に維持できなくなり、消滅してしまいました。特に1587年に設立された第2次植民地は、1590年に救援が到着した際に入植者の姿が一切見つからないという、歴史上有名な「失われた植民地」の謎として残っています。
この苦い経験は、その後のイギリス人入植者たちにとって貴重な教訓となりました。17世紀初頭に設立されたジェームズタウン植民地でも当初は同様の食料危機に見舞われましたが、やがてトウモロコシなどの現地作物の価値が認識され、北米における入植の成功へとつながっていきました。