考古学的発見

探検家ジョン・ホワイトは何を発見したのか?ロアノーク植民地の謎に迫る

ロアノーク植民地とは

1585年、イギリスの探検家ジョン・ホワイトは、現在のノースカロライナ州沖合に位置するロアノーク島へ、入植者たちを率いて渡りました。この植民活動は、サー・ウォルター・ローリーが北アメリカに恒久的なイギリス植民地を建設しようとした試みの一環でした。

ホワイトと入植者たちは1585年7月にロアノーク島へ到着すると、すぐに入植地の建設に取りかかりました。要塞や教会、数多くの住居を築き上げ、作物を植えるとともに、周辺地域の探索も進めていきました。

しかし1585年8月、ホワイトは植民地のための追加物資を調達するため、一時イングランドへ戻ることになります。島には115人の男性、女性、子どもたちが残されました。

その後、1587年にロアノーク島へ戻ったホワイトが目にしたのは、もぬけの殻となった植民地の姿でした。入植者たちは痕跡ひとつ残さず姿を消していたのです。伝えられるところによれば、現場には「クロアトアン(Croatoan)」という文字だけが刻まれていたといわれています。

ロアノーク植民地は今日まで発見されておらず、その運命はアメリカ史上最大の謎の一つとして語り継がれています。

ジョン・ホワイトのその他の功績

ロアノーク植民地の指揮にとどまらず、ジョン・ホワイトは北アメリカでの探検を通じて、数々の重要な発見を成し遂げています。

  • ヨーロッパ人として初めてアメリカバイソンについて記述した
  • ヨーロッパ人として初めてメキシコ湾を訪れた
  • ヨーロッパ人として初めてチェサピーク湾の地図を作成した

ホワイトのこれらの発見は、北アメリカにおけるヨーロッパ人の探検と入植への道を開くこととなりました。彼は今なお、アメリカ探検史において最も重要な人物の一人とされているのです。