考古学的発見

真珠湾攻撃で沈没・損傷した18隻の艦船一覧|各艦の名前と被害状況

1941年12月7日、日本海軍機動部隊による奇襲攻撃「真珠湾攻撃」により、ハワイ・オアフ島の真珠湾に停泊していたアメリカ太平洋艦隊は壊滅的な打撃を受けました。この攻撃で沈没または深刻な損傷を負った艦船は、主力戦艦から補助艦艇まで合わせて18隻にのぼります。

真珠湾攻撃で沈没・損傷した18隻の一覧

戦艦(6隻)

  • アリゾナ(USS Arizona、BB-39)
    魚雷と爆弾の命中により前部弾薬庫が誘爆し、わずか数分で沈没。1,177名が犠牲となる、米海軍史上最悪の損害となりました。
  • カリフォルニア(USS California、BB-44)
    魚雷2本と爆弾1発を受けて着底。後に浮揚・修理され、1944年に戦線へ復帰しました。
  • メリーランド(USS Maryland、BB-46)
    縦列の内側に停泊していたため被害は比較的軽微でしたが、爆弾2発を受けて損傷し、修理のうえ早期に復帰しています。
  • ネバダ(USS Nevada、BB-36)
    魚雷1本と爆弾数発を受ける中、港外への脱出を試みた唯一の戦艦です。最終的にホスピタル・ポイント付近で意図的に座礁させられました。
  • オクラホマ(USS Oklahoma、BB-37)
    魚雷を多数受けて横転・転覆し、429名の乗員が犠牲となりました。
  • ウェストバージニア(USS West Virginia、BB-48)
    魚雷7本と爆弾2発を受けて着底・沈没。徹底した浮揚作業の末に引き上げられ、1944年に戦線復帰を果たしました。

巡洋艦(3隻)

  • ヘレナ(USS Helena、CL-50)
    魚雷1本を受けて損傷しましたが、沈没は免れ、修理後に復帰します。
  • ホノルル(USS Honolulu、CL-48)
    爆撃の至近弾により損傷。応急修理のうえ本土へ回航され、修復されました。
  • ローリー(USS Raleigh、CL-7)
    魚雷1本を受けて大量浸水し大きく傾斜。係留索に支えられて転覆を回避し、後に復帰しました。

駆逐艦(3隻)

  • ショウ(USS Shaw、DD-373)
    乾ドック内で被弾し、延焼した火災が弾薬庫に誘爆して船首部を吹き飛ばす大爆発を起こしました。修理され復帰しています。
  • カシン(USS Cassin、DD-372)
    乾ドック内でダウンズとともに被弾・炎上し大破。船体は失われましたが、回収した機関類を用いて同型の新造艦が建造されています。
  • ダウンズ(USS Downes、DD-374)
    カシンと同じく乾ドック内で大破・焼失。こちらも同名の新造艦が後に就役しました。

補助艦艇・その他(6隻)

  • ユタ(USS Utah、AG-16)
    旧式化した戦艦を標的艦に改装した艦です。魚雷2本を受けて転覆・沈没し、58名が犠牲となりました。
  • ヴェスタル(USS Vestal、AR-4)
    工作艦。アリゾナの大爆発で深刻な損傷を受けましたが、乗員の懸命な対応で浜辺に座礁させることに成功し、喪失だけは免れました。
  • オグララ(USS Oglala、CM-4)
    敷設艦。隣に停泊していたヘレナの被弾による衝撃で浸水し、転覆・沈没しました。
  • アリゾナ(USS Arizona、YTB-8)
    港湾用の曳船(タグボート)。攻撃による損害を受けた小型艦艇の一つです。
  • ソトヨモ(USS Sotoyomo、YT-9)
    港湾曳船。沈没しましたが、後に浮揚されて再び任務に就きました。
  • YFD-2
    浮遊乾ドック。沈没しましたが、浮揚・修理のうえ戦争後半も使用され続けました。

沈没艦のその後

18隻のうち多くは戦争中に浮揚・修理され、太平洋戦線に復帰していきます。一方、戦艦アリゾナと標的艦ユタは現在も真珠湾の海底に眠っており、特にアリゾナの真上には1962年に完成した「USSアリゾナ記念館」が建てられています。また、オクラホマは浮揚されたものの修理には値せず、解体のため曳航中の1947年に洋上で沈んでしまいました。

真珠湾攻撃では合計2,403名のアメリカ人が命を落とし、この日をきっかけにアメリカは第二次世界大戦への参戦を決めることになります。沈没艦の一覧は、単なる艦名の羅列ではなく、当時の激戦の様子と多くの犠牲を今に伝える貴重な記録なのです。