ジェームスタウンでの金銀探索の結果
1607年に設立されたバージニア州ジェームスタウンに渡ったイギリス人入植者たちは、期待していたような大量の銀や金を発見することはできませんでした。スペインが中南米で手に入れたような莫大な富を北米でも獲得できると考えていた彼らにとって、現実は厳しいものでした。
入植者たちが目指したもの
金銀探索が失望に終わると、入植者たちは持続可能な植民地の確立へと方向転換しました。特に重要となったのが、タバコをはじめとする換金作物(キャッシュクロップ)の生産です。ジョン・ロルフがタバコ栽培に成功したことをきっかけに、タバコはやがてバージニア植民地の経済的基盤となり、ヨーロッパ向けの輸出産業として大きく発展していきました。
初期の苦難
しかし、その成功への道のりは決して平坦ではありませんでした。入植者たちは設立当初、飢餓、病気、そして先住民族との対立など、数多くの困難に直面しました。特に1609年から1610年にかけての冬は「飢餓の時代(スターヴィング・タイム)」と呼ばれ、入植者の大多数が命を落とすという悲劇も起こっています。
このように、ジェームスタウンは金銀による富ではなく、タバコ栽培を軸とした農業経済によって、北米初の恒久的なイギリス植民地としての地位を確立していったのです。