バ・チウ(Bà Triệu)ことチエウ・ティ・チン(Triệu Thị Trinh/趙嫗、225年~248年)は、当時ベトナムを支配していた中国・三国時代の呉(Wu)に対して抵抗運動を率いた、ベトナムの歴史に名を刻む女性戦士です。彼女は「ベトナムのジャンヌ・ダルク」とも称され、今なお国民的な英雄として敬愛されています。
「なぜ頭を下げて奴隷にならなければならないのか?」
チエウ・ティ・チンは225年、現在のタインホア省ソントゥン村に生まれました。この地域は当時、220年から280年にかけて中国の覇権を争った三国の一つ、呉の支配下にありました。彼女は幼くして両親を亡くし、兄とその妻に引き取られて育ちましたが、伝えられるところによれば、その間、奴隷同然の冷遇を受けていたといいます。
いくつかの文献によれば、義姉との度重なる衝突の末、チエウ・ティ・チンは義姉を殺害し、山へ逃れ、そこで呉に対する抵抗運動の拠点を築いたとされています。彼女を思いとどまらせようとした兄に対し、こう答えたと言われています。
「私はただ、風に乗って波を越え、東海の鯨を討ち取り、国境を平定し、苦難に沈む民を救いたいだけ。なぜ他人のように頭を下げ、奴隷に甘んじなければならないのですか? なぜ報われない家事に身を委ねて生きなければならないのですか?」
この言葉に心を動かされた兄は、やがて妹の志に従って共に戦うことを決意したといわれています。
戦場のチエウ・ティ・チン
彼女は兵を集め、陣営を築き、敵に立ち向かいました。戦いにおいて彼女は黄金の鎧をまとい、戦象にまたがり、二本の剣を手に戦ったと伝えられています。北部の地域を解放して勢力下に置き、勝利を重ねていきました。
しかし248年、ついに呉軍はチエウ・ティ・チンの軍を打ち破り、失った領土を奪還します。生きて捕らわれることを良しとしなかった彼女は、伝承によって異なりますが、川に身を投げるか、あるいは自らの象の足元に身を横たえて死を選んだとされています。23歳という短い生涯でした。
チエウ・ティ・チンは今日、ベトナムにおける最大級の英雄の一人です。彼女を称える国民的祝日や大規模な祭りが設けられ、その勇気と自由への意志は、世代を超えて人々の心に受け継がれています。